第27話 8月24日(前編) 限りある時間を
8月24日
「昨日はごめん。色々不安定だったよね」
朝、冷静になった紗希ちゃんが突然そんなことを言ってきた。
やめて。昨日の恥ずかしいセリフとか全部思い出しちゃうから。
「センパイは、なんでサキが記憶を売ったんだと思う?」
俺の座椅子を独占した紗希ちゃんは首を傾げた。
「そりゃあ、記憶に残しとくのも嫌になるぐらい俺を嫌って……」
「あたしは違うと思う。だって、ずっと好き好きってなってるもん。もはや体に染み込んでる域だよ。もっと別の理由があったんじゃない?」
好き好き、って、とんでもない事をサラッと言うなぁ。言ってて恥ずかしくならんのかい……
「別の理由っていっても、もう確かめようが無いんだから、気にしても仕方ないよ」
「うーん、そうだけどぉ……」
腑に落ちないようで、眉をひそめている。
紗希ちゃんと過ごせる時間は今日を含めてあと2日。といっても、明日のお昼には実家に帰ってしまうから実質今日がラストだ。
「あっ!」と突然紗希ちゃんが声を上げた。
妙案でも思いついたのか、ニヤニヤとしている。
「ねえ、これ」
見たくもない記憶の停留所からの領収書を指さした。
「この場所探してみようよ!」
「はぁ!? 冗談でしょ!?」
何を言い出すかと思えば。
警察ですら何処にあるのかも分からない場所を俺達素人が探すだって? とんだ時間の無駄なような気がするんだけど。
「いいじゃん! あたし達の初めての共同作業だよ? ちょー楽しみ!」
「いやいや、まだやるなんて言ってないよ」
「じゃあ、今言いな?」
「強制なんだ……」
紗希ちゃんはグッと手を握って、あったりまえでしょ! と意気込む。
俺としては残り少ない時間を2人でゆっくり過ごしたかったが、宝探しに出かけるみたいに目をキラキラさせている紗希ちゃんを見ると、お断りするのも忍びない。
「分かった。行こう」
「やった! 三万八千円〜!」
「金目当てかよ!」
「当たり前でしょ! 売ったんだから、ちゃんとあたしが貰うはずだった分は徴収しないと!」
おかしいな。昨日まで地獄の底みたいな空気が流れてたのに、もう何処吹く風って感じ。
これがギャルの適応能力か。すご。
「よし、じゃあ出発! ……の前に」
俺の手に黒い布(?)を渡してきた。
「乾燥機よろ」
「ん? ……ひっ! な、な、なんで、俺に渡すんだよ!」
佐山さんの家で紗希ちゃんを看病していた時に、手に取ってしまったパンツ、おまけにブラ。それが再び俺の手の中に。
「このダボダボな格好でコインランドリーまで行けって言うの!? 夜中ならまだしも、超朝じゃん! みんなに変な目で見られちゃうよ!」
「俺が女物の下着見張ってたら、それこそやべぇ奴になるだろ! 警察案件だ!」
「グチグチ言わない! 彼氏でしょ!」
「あっ、そうか。じゃあ大丈夫だな」
「えー、扱いやす……」
結局、身支度を終えた時には昼前になっていた。
コインランドリーは……まぁ、大きな問題はなかった。
むしろ気を張って周りをキョロキョロしていたせいで、おばさんに怪奇な目を向けられた。堂々としておけば良かったなぁ、と後悔。
いざ、探索開始! ……かと思ったが、腹が減ってはなんとやら。
紗希ちゃんが空腹を訴え始めたので、朝昼兼用の食事を求めて駅前に向かった。
あそこにいけば大体のものは揃うし、暇つぶしできる娯楽もある。
「あー、シンプルにファストフードもいいけど、手ごねハンバーグみたいな凝ったものも食べたいなぁ……。センパイならどうする? あ、スープ専門店だって。めずらし」
看板が見えたものから次々挙げてる。こりゃあ決まるのに時間がかかりそうだ……。
「何でもいいんじゃない?」と好きな物選んでいいよのサインを送った。しかし、紗希ちゃんはその返答が面白くなかったのか、頬をふくらませて肩を小突いてきた。
「そうだなぁ、俺ならあれがいいかも」
指さした先にはどこにでもある牛丼チェーン店。
これまた、紗希ちゃんが選ばないと牛丼になっちゃうぞ、のサイン。……のつもりだったんだけど。
「おっけー。決まりね」
平然とした顔で牛丼屋に向かおうとする。俺は落ち着き払ったフリをして紗希ちゃんを呼び止める。
「ちょっと待って、ストップだ。それはおかしい」
「なにが?」
「俺から牛丼を提案しといてなんだけど、今のは違う。間違いです。俺が選んだら何の変哲もない食事になっちゃうから、貴方様が決めてくださいとの意思表示なんですよ」
紗希ちゃんは呆れ顔を俺に向けた。
「わかりにく。口に出して言ってよ」
おっしゃる通りです……。
目移りがやまない紗希ちゃんに付き合っていると、次第に汗が浮かび始めた。
彼女は相変わらずの冷え性みたいだけど、俺はもう熱で溶けそうですよ。
ジャケットなんて着てくるんじゃなかった。
さすがにそろそろ、と声をかけようとしたが、それよりも早く誰かが「宮田先輩?」と俺の名前を呼んだ。
しばらくぶりに鼓膜に届く、透き通った声。
俺は背を振り返る。
そこには詩織さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます