第19話 8月14日 サキちゃんとの夏祭り(修羅場?)

 


8月14日


 昨日はついに喫茶店に行かなかった。

 体調はすっかり良くなっていたんだけど、単に足が向かなかったのだ。

 皆勤賞終了。


 それより、今日はいよいよ駅前のお祭り当日。


 夕日が落ち始める頃に家を出ると、浴衣姿の人でいっぱいだ。


 道路にも交通規制が入っていて、道の真ん中でもお構い無しに人が歩く。

 今日だけは、車道も歩道になるのだ。


 いつもと同じ道なのに、別世界に来たような錯覚。

 思わず、スマホを取り出して写真を撮りたくなる。


 美容院前の電柱に体重を預ける。


 サキちゃんはまだ来ない。


 大移動する人波にうつけていると、背中にコツンと軽い衝撃があった。


 首だけ振り返ってみると、サキちゃんの頭がある。

 おでこを背中に擦りつけているようだ。


「どしたの?」


 体ごと振り返ろうとしても、くっつき虫みたいに張り付いている。


 これでは一生顔が見えない。


「あ、あのさぁ……宮田センパイ。今日1日、目隠ししてくんない?」


「なんでだよ」


 どんなプレイだよ。


 いきなり上級者すぎるんじゃない?


 公衆の面前で目隠しお散歩はまだ早すぎますよ……って。


 ようやくサキちゃんの姿を拝めた。


 抵抗をやめて観念した彼女は、可憐な桃色の浴衣を身にまとっていた。


「楓さんが着ていけって言うから……その、どうかな?」


 何度も瞬きしながら俺の顔を盗み見てくる。


 落ち着かないのか、声も上擦っていてアップにした髪を触ったり、下駄の履き心地を確かめたり。


「よく似合ってるよ」


 一瞬、サキちゃんの動きが止まる。

 背筋が1段階伸びて、ホッとしたように表情が綻んだ。


「なら、よかった」


 かんざしの鈴がチリンと揺れる。


 夏によく似合う、涼しげな響きだ。


 自信がついたのか、サキちゃんは率先して俺の前を歩く。


 下駄がコンクリートを蹴る音が妙に楽しげだ。


「ねぇねぇ、最初はどこ行こっか? あたしね、綿菓子食べたい。センパイも一緒に食べよ?」


「あれ甘すぎて気持ち悪いんだよなぁ」


「いいじゃん、半分こしたらすぐだよ! あたし他にも食べたいもん。1人じゃムリ」


 持って帰るという選択肢は無いのかよ。


 結局、サキちゃんに手を引かれて綿菓子を買うはめになった。


「うーん! 甘くてウマ〜!」


 筒型のビニール袋パンパンに入った綿菓子を頬張っている。


 なんという幸せそうな顔。

 しかも、パッケージはプリキュンだ。


 なぜそれを選んでしまった? 確かによくあるよ? キャラクターがプリントされてるパッケージに入ったヤツ。

 でも、もっとシンプルなデザインでよかったじゃない。プリキュン見るやいなや、チョー嬉しそうに指さしてたよね。

 1つ500円ってパッケージ代が大部分だろこれ。


「ハイ! センパイも食べて」


 指でつまんだ綿菓子の欠片を口元に持ってきた。


 顔を仰け反らせて綿菓子を睨んでいると、ほれほれ、と押し付けてくる。


 その時の表情がやけに楽しそうなもんだから、仕方なくパクっと口に入れた。


 うげ、甘ったるい……舌がベタベタしそうだ。


「おいし?」


「最高」


 最高に甘い、と言いたかったんだけど、言葉を途中で切った。難癖つけて雰囲気ぶち壊しにしたくないしね。


 結局、綿菓子はほとんどサキちゃんが平らげた。血糖値が心配だ。


 フランクフルトを食べながら、サキちゃんは行きたい屋台を指折り数えている。


 横顔を覗いていると、とある違和感が。


 うーん、と少し離れて全体像を確かめると、頭の隅にプリキュンのお面が装備されていた。


 いつの間にそんなもの買ったんだ……


「炭水化物はお腹膨れちゃうから最後ね」


 その折り返しの小指は何周目を指しているんだろう。


 女子高生の食欲、おー怖。


 色んな屋台に目移りしながらぶらぶらしていると、急にサキちゃんが足を止めた。後ろから覗いてみる。


「ねぇ、見て。めっちゃ綺麗だよ」


 俺は思わず後ずさった。


 この屋台だけどうも人寄りが悪いと思ったらそういう訳か。


 胡散臭いアクセサリー売りだ。


 ケースに指輪やらピアスをずらっと並べて、高い所からネックレスを吊るしている。


 サキちゃんに体を寄せて「こんなのが欲しいの?」と耳打ちした。すると、


「記念に1つ買おうよ」


 と提案してきた。


 それは厳しい相談だ。

 こんな贋物を買うぐらいなら、1つ500円のぼったくり綿菓子を買った方がマシだ、とすら思う。


 俺はさらに、耳打ちする。


「だって、絶対ニセモノじゃん。価値なんてないよ」


「価値? あたし、そんなの気にしてないんだけど。記念だ、って言ってるじゃん。あっ、センパイ、コレ買って!」


 サキちゃんは、はしゃぎながら指輪のネックレスをねだった。


 1つ3000円の色味の無いネックレスだ。


 これでさえ、詐欺だろ、と店主を疑ってしまう。


 その店主はハットを深く被った女性で、表情はおろか、感情すら表に出さない。


 こういう店って、もっと媚びてくるような印象があったからその点だけは不快にならなかった。


 はぁ、と深いため息をつく。


「分かったよ。一昨日来てくれた礼もあるし」


「マジで!? やった!」


 サキちゃんは買ったばかりのネックレスをすぐに首にかけた。


 見せびらかすように胸の前に垂らして、笑顔を振り撒く姿を見れば、悪い気になる者はいない。


 まぁ、いいっか。と存分に怪しんだ黒い気持ちはスッと胸の奥に溶けて消えた。


「次はタピオカね!」


「炭水化物は最後まで控えるんじゃないの?」


「あれは飲み物だからセーフだもん。細かいことグチグチ言うな!」


 怒られてしまった。


 あれ、芋じゃなかったっけ……


「あっ、暖簾見えたよ! うわっ、めっちゃ並んでる……こりゃ待つの大変だ」


 グイグイと裾を引っ張られて、列の最後尾に並んだ。


 待ち時間の間、サキちゃんはずっとネックレスの指輪を弄っていた。


 気に入りすぎなような気もしないでもないけど、俺も子供の時は買い与えられたオモチャは次のオモチャが出るまで肌身離さず持ってたもんな。

 気持ちは分かる。


 前に並ぶ人より、後ろに続く人が多くなって来た。

 あと何人ぐらいで回ってくるのだろう、と人数を数えたくて、先頭に目をやった。


 すると、よく見知った顔が、タピオカドリンクを手渡しながら、客に頭を下げていた。


「ねえ、あの人って、喫茶店の人でしょ。お祭りの屋台出てたんだね。しかもタピオカとか、ちょーお目が高い!」


 サキちゃんも気づいた。


 そう、詩織さんがいたのだ。



 夜でもじめっとした暑さが肌にまとわりついてくるというのに、詩織さんは涼しげな顔をして、次から次へと押し寄せる客をさばいている。


「次の方、どう──」


 詩織さんの動きが固まる。


 俺を見たからじゃない。


 俺を見て、その横にいたサキちゃんを視界に捉えたからだ。

 その証拠に、詩織さんの目線は俺より低い位置で固定されている。


 そんな状態の詩織さんに、サキちゃんは構わず話しかける。


「喫茶店のお姉さんですよね!? ちょー偶然! しかも、タピオカの屋台やってくれてるとかマジで嬉しい!」


 ハッとした詩織さんは目の前で快活に話しかけるサキちゃんに、ぎこちない笑顔で取り合った。


「メニューもいっぱいある〜、ねぇ宮田センパイ、どれにしよう?」


 難しい顔をしてメニュー表と睨み合うサキちゃんをよそに、俺と詩織さんを取り巻く空気はお互いにとって、居心地のいいものではなかった。


 あの日、あんなこと(キス)があって、決して気持ちのいい別れ方をしたとは言えない。


 唇に手をやる詩織さんに触発されて、俺はその場を離れた。


「えっ、センパイ? どこ行くの?」


「ごめん、ちょっと向こう行ってる。サキちゃんも買ったら追いかけてきて」


 歩きながら考える。


 どうして逃げる必要がある?

 露骨にあの場を嫌がる素振りをした理由はなんだ。

 詩織さんに抱いている、このモヤモヤはなんだ。


 俺はもしかして──

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