ひと夏の間にギャルと清楚に言い寄られる話
おもちDX
第1話 おっさんと大学生
ヒロインは次話から登場します。
本日、もう1話掲載します。
「──さん。──いさん、おーい、聞こえとるか? お兄さんやい!」
ああもう、うるさいな。
誰だよ、人がせっかく気分よく寝てるってのに。声の野太さ的におっさんだろうけど、なんでおっさ──おっさん!?
「ハッ!」
「おお、やっと起きた。何やっとんだい、こんな所で」
目を開けると自分でも驚くほどクリアな視界。なんでおっさんに声かけれてんだろう、っていう驚きもあったけど、それ以上に周りが暗かった。
見渡す限り街灯が灯っていて、虫が群がっている。
全く人気のない交差点を見て理解した。今は夜。それも一段と深い深夜だ。
「兄ちゃん、大丈夫か? 随分豪快に寝とったようだけど」
「そうみたいっすね……」
「さては酒飲んどるな?」
「え? ああ、はい。飲んでました……たぶん」
「たぶん、て」
呆れたような顔をするおっさん。
よく見れば警察官を思わせる青い制服を着ていた。
こりゃ不味ったな……記憶がぶっ飛ぶくらい飲んでたみたいだ。
「近くに交番あるから、一旦来い」
怒っているというよりは、やれやれって感じ。
仕事柄、俺のような奴を何人も捌いてきたんだろうな。
おっさんの肩を借りて、どうにか立ち上がる。
あー、フラフラする。頭いてー。
とりあえず、このままおっさんの肩の世話になるのは嫌なので「自分で歩けます」と断って後ろをついて歩く。
喉が渇いたな。たぶん酒のせいなんだろうけど、夏ということもあって体は常に水を欲する。
いつから日本の夏は夜まで昼に侵され始めたのだろう。ま、夜が涼しい時代に俺は生まれてないんですけどね。
「
交番に着くとデスクに向かい合って座り、すぐに事情聴取が始まった。
一通り手順を踏んで、まずは身分証明書を提示。それを見た警察官のおっさんは感心したような声で眉を上げた。
自分で言うのもなんだけど、それなりにいい所の大学には通っている。こんなだけど、一応は。
「確か、あそこの学生たちはイケイケだって聞いてるけど、冴えない男もいたもんだねぇ」
1人で飲んでただけなのに、その言いようは酷くないか!? 俺だって、何が悲しくて1人で飲んで……あれ? なんで俺……ああ、ダメだ。何も思い出せん。
「ま、これでも飲めや」
おっさんは一度席を立って、裏方からペットボトルの水を持ってきてくれた。
なんだ、結構気が利くじゃないか。
さっき冷蔵庫から取り出したばかりだろうに、もう水滴がびっしりと付き始めた。
これも含めて夏は嫌いだ。面倒事が多すぎる。虫(特に黒くて動きが早いヤツ)、水場の掃除、大玉の汗と臭い……等々。ああ、嫌だ嫌だ。
無遠慮に水を体に流し込んで、ぷはぁ、と息を吐く。
冷たいものが胃に流れ込んでいくのが直に分かる。
この感覚はちょっと好きだ。でも、冬にも似たような感覚を味わえるのだから、やっぱり夏は嫌い。
夏のいいところなんて、せいぜい女の子の薄着が堂々と見える事くらいじゃないか?
「ありがとうございます。生き返りましたよ」
「なら良かった。死なれちゃ仕事が増えて困るんだ」
見た所、40代……体型は太り気味で、ベルトの上に肉が乗っている。頭も薄毛で、日々のストレスが伺える。(ストレスじゃなかったら、なんかゴメン)
でも、日常で想像している警察官より、よっぽど接しやすい雰囲気だ。居酒屋で隣に座って意気投合した感じ。悪い人には見えない。実際、水まで出してもらったし。
「で、だ」
おっさんは突として真面目な顔になる。
まあ、そうなりますよね。人様に迷惑かける可能性があったんですから。
どんな、お咎めを受ける羽目になるのやら。
飲む前の俺よ。俺は今、交番で地獄を見ているぞ。分かったら今すぐお家に帰るんだ。
「とりあえず、何やってたか聞いとかんとな。教えてくれ」
分厚い帳面を開いたおっさんがペンをカチッと鳴らす。
もう既に名前や年齢は書かれたっぽい。
確か、こういうのって嘘ついたら別の罪に問われるんだっけ? 嘘つく気なんてサラサラないけど。
「酒飲んでました」
「それは知っとるわい」
「……他に何も覚えてないんすよ」
それを聞いたおっさんは「はあ?」と言って、ため息をついた。
「店も思い出せんのか? レシートとかあるんじゃない? 最近の子は、細かいんだろ?」
「じゃあ俺は最近の子じゃないってことッスね」
「酔っとる割に口は立つな。一応、書いとくか」
「やめて下さいよ。聴取で『口が立つ』ってなんですか。ただの私怨でしょ、それ」
おっさんはパタンと帳面を閉じた。
もう、終わり? いや、確かに書く内容ほとんど無いけどさ。こういう時、なんて書くんだろ?
『記憶なし』、『詳細不明』、『虚偽の可能性あり』
嘘発見器があれば、俺が正直者だって分かるはずなのにな。
キィ、と車輪付きの椅子を転がして席を立ったおっさんは、部屋の隅にある小さな棚の上のラジオに手を伸ばした。
スイッチを入れると、若干砂嵐が混じった電子音が聞こえてくる。
少しダイヤルを回してチャンネルを調整する。
『えー、それでは深夜に聞きたい10の事! このコーナー、すっご──』
ラジオパーソナリティ独特の歯切れのいい声が途切れる。
たぶん、「すっごく人気なんですよね」と続くはずだっのかな? 深夜に聞きたい10の事って、だいたい下ネタだろ。てか、どこに需要あんだよ。
その後も、チャンネルは右へ左へ。
どうやら、どの番組がイイか決めかねている様子。もちろん悪い意味で。
結局、諦めてスイッチを切った。
仕方ないよな。どれも時代不相応だもん。
おっさんは小物入れに突き立ててあったリモコンを取り、俺の方へ向けた。
『この時間のニュースをお伝えします』と、これまた滑舌のいい女の人の声が後ろから聞こえた。
テレビあるなら最初からそっちでいいじゃん。
椅子を回転させて後ろのテレビに視線を移す。
深夜にやっている昼間のニュースをまとめた番組だ。同じ話題を何度も何度もループするやつ。要するに録画だ。ラジオよりはるかにマシだけど、ユーモアはない。その点はラジオに軍配だな。
『次のニュースです。“自分が誰か分からない”などと話している男が逮捕されました』
「変な世の中になっちまったな」
おっさんは事件の内容を聞く前に辟易とした様子で言う。
「……そうっすね」
『昨日午後、市内のショッピングモールで20代の男が奇声を発している所を取り押さえられました。調べに対し男は「自分が誰か分からない。怖い」と話しており、記憶を売ったのではないかと警察は見解を示しています。また、服装も汚れており、数日間さまよって──』
“記憶を売る”
そんな現実離れした商売があると言ったら信じるだろうか?
少なくとも俺は信じていない。だが、現実として最近のニュースはその手の話題ばかりが目につくようになった。
そして、SNS上では『スポイト・メモリー』と呼ばれ、瞬く間に世間に名を広げた。
自分にとって不都合な部分だけを吸い出し、捨てる。まるで融通が効くスポイトのようだ、とその名が付けられた。
だが、誰一人として、どこでその技術の恩恵にあずかれるのか知ってる者は現れない。
技術者が口止めでもしてるのだろうか?
人の記憶を取って売るなんて明らかにアウトな仕事内容だ。どうしても倫理的な観点で否定される。
「誰にだって消したい過去の1つや2つあるもんさ。キズの無い人間なんていねぇよ」
「俺も気持ちは分かりますよ。でも……」
「“売る”ってなんだ、って感じだなぁ」
そう。確かに記憶を取り除く程度ならまだ理解できた。けど、売るってなんだ? 記憶って売れるのか? 価値が付けれるモノなのか? そもそも誰が買うんだ?
どう考えても狂ってる。
おっさんは暗くなった空気を変えるためか、チャンネルを変えた。
深夜ではお馴染みのテレビショッピング。美男美女の外国人販売士があれやこれやと商品の良さを説明している。大袈裟過ぎても売れねぇぞ。
ゴトッ。
一度裏方に引っ込んで行ったおっさんがデスクに座って、ニヤリと笑う。
なんと、手には缶ビール。
「仕事中でしょ?」
「いいんだよ。兄ちゃんも飲め」
俺の目の前にもビールが1本置かれた。薄い露の膜が貼って、キンキンに冷えたビールが俺を誘惑する。卑しいヤツめ。
ゴクッと唾を飲み込み、缶を取る。
あー、冷えてる冷えてる。
プシュ! とガスが抜け、冷気が漂う。
「ほれ」とおっさんが早く飲むように促してくる。
もう開けたんだ。仕方ない、俺のもんだ。
さっき貰った水はなんだったのか、浮かばれないなあ。なんて思いながら、俺は一気にビールを流し込む。
「ぷはぁ!」
水なんかより、何倍も気持ちのこもった『ぷはぁ』だ。やっぱ、これだよな。
「嫌な事なんて、これがあれば一瞬で忘れられるじゃねぇか。なあ、兄ちゃん」
「ええ」
酒は俺達に許された一種の麻薬。訳の分からん技術に頼って破滅するくらいなら、俺は酒に狂って死にたいね。
翌日、目が覚めるとベッドの上だった。
今度はちゃんと自分の家だ。道路を自分の家と間違えるくらいだったからな、進歩進歩!
薄手のTシャツに、短パン。
部屋着なんてみんなそんなもんだ。エアコンを25度に設定して、扇風機で冷気を部屋全体に馴染ませる。これが夏を賢く生きるための術だ。
時刻は12時を回ったところ。ラジオ感覚のテレビをつけて座椅子に座る。
今日も暑いですねー、と外から蝉の声がすり抜けてくる俺の部屋は、よくあるワンルームマンション。
大学生なんて一部屋あれば十分だし、家賃的な問題もね……。
ローテーブルに出したままの紙パックのお茶は既にぬるくなっていて、喉をすんなり通ってくれない。
水道水の方がマシなんじゃないか? なんてうだうだと考えながら飲み干す。
ペシャンコにしてゴミ箱に投げ入れると、他のゴミを入れるスペースは一気に無くなる。中途半端に固いから折り曲げることも出来ないし、かと言って部屋に置いておくのは嫌だし。
問答の末、そのまま上から押し込んでやった。
ピロリン、と軽快な電子音がした。
スマホ、どこやったけな。
昨日着ていたズボンやらジャケットは脱ぎっぱなし。
しゃーない、しゃーない。昨日はそういう日だっただけさ。
ズボンのポケットに手を突っ込む。
あった。……ん? 今どきLINEじゃなくてメール? 珍しいな。どうせ迷惑メールだろ。
差出人……やっぱりよく分からん英語の羅列だ。
うわっ、添付ファイルもあんじゃん! 黒確定!
それでも一応、本文を見てしまうのが人間の性。意味無いなんて分かってるのに、『もしかしたら』っていうドラマを思い描いているのだ。
「ん? なんだこれ」
よく見る迷惑メールとは様相が違う文に驚きを隠せない。
『頑張って下さいね。』
なんだこりゃ?
よくあるのは、『電化製品が当選しました!下記URLからチェック!』とか、出会い系を装った情弱殺しの内容。
でも、これは……。
「なんで励まされてるんだよ。見知らぬ奴にすら哀れまれてるのか俺は。可哀想過ぎだろ」
スマホの画面を消してテーブルに強めに叩きつける。
頭も痛いし、もうひと眠りしよう。学生に許された時間を精一杯謳歌するんだ。
時間の正しい使い方とは無駄にしない事じゃない。如何に有意義に割り振るかである。その為にはまずは睡眠と体調管理だ。
さあ、大学生の夏休み。
海?
祭り?
花火?
恋愛?
バカタレ、そんな夢を追いかけるのは、それこそ無駄だ。
俺の恋人は枕と布団。これ以上の女がいるだろうか? いつも望めば寝かしつけてくれるんだぞ。むしろ幸せじゃないか。
こうして、宮田宗治21歳の8月2日は10分にも満たないまま、終わりを告げるのだった。
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