二 再会

「ニャーン」




 アホみたいな顔をして、家の屋根を見つめていた一郎の背後から猫の鳴き声がした。




「ん?」




 一郎は振り返り、鳴き声を発したと思しき猫を見付ける。




「ミーケなのか?」




 一郎は三毛猫をじっと見つめると大きな声を上げた。




「なんだよ、お前か」




 一郎の顔を円らな瞳で見ながら猫が言う。




「は? 今、ミーケ、お前、言葉を話したのか?」




 一郎はミーケの円らな瞳を凝視する。




「今ミーケの他にここに誰かいるか?」




 ミーケが言って、その場に座る。




「いや、いないけど、だって、お前、猫だろう?」




 一郎は言いつつミーケから離れるように後ろにさがる。




「一郎。ここは電脳世界だ。ミーケが話をしたってなんの不思議もない。違うか?」




 ミーケが言って右前足の足の裏をぺろりと舐めた。




「それはそうかも知れないけど、俺と暮してた時は、言葉なんて一度も話さなかったじゃないか」




「ああ。あれは、だって、ほら。ミーケは一郎の事嫌いだったし」




 一郎の言葉を聞いたミーケが言い、顔をつんっと横に向ける。




「俺の事、嫌いだったのか?」




 一郎は愕然とした。




「家の中かとか超汚いし。ミーケのエサとか一番安いのばっかりだし。ミーケのトイレの掃除もしてくれないし。ここは現実の世界じゃないんだ。何をやるにも現実世界より簡単だろ? コントロールパネル開いてコマンド選択してお終いなのに。お前はなんにもやらない。ゲームの世界の方に行ってばかりだった。しかも、エロゲーばっか。お前に拾われた時は感謝、いや、あれも実は、芝居だったんだけどな。まあ、とにかく、お前の事は嫌いだったぞ」




 言い終えたミーケが尻を舐め始める。




「な、なんだよ。ミーケの馬鹿。なんで戻って来たんだよ」




 一郎は半べそをかきながら叫んだ。




「あ。それな。お前の処遇について伝えに来たんだ。さっきの話に繋がるんだけど、ミーケは実は、この世界にいるチーターを取り締まる為のプログラムなんだ。お前に拾われたのも、お前にチーター疑惑があったからだったんだよ。実際は違ってたけどな」




「俺がチーター?」




「そう。エロゲーを凄い勢いでクリアしててだろ。あれが調査の対象になった」




「でも、違ったんだろ?」




「ああ。だから、ミーケはお前の元を去ったんだ」




 ミーケが言い、香箱座りをする。




「そうだったのか。俺の実力がそう思わせてしまったんだな。さすが俺だぜ」




「いやいやいや。全然さすがじゃないから。ただエロゲーを凄い速いペースでクリアしまくってただけで、お金と時間さえあれば誰もでもできるから」




「またまた。ミーケいいって、そんなふうに褒めなくても」




「いや。褒めてねーから」




 ミーケが言って毛玉を吐いた。




「うわっ。汚なっ。でも、あれだな。それ、凄いリアルだな」




 一郎はミーケの吐いた毛玉を見て言う。




「だろう? こういう細部にこだわる所がデリュ―ジョンの凄い所なんだよ。ミーケはそこの一部だからね。結構な権限も持ってるしって。ああ。そうそう本題に戻るわ。一郎さ。ミーケと一緒にチーターを見付けたり、チーターを処分したりする仕事やってくれない?」




「唐突な入りだな、おい」




「ここから回りくどくやるのめんどいだろ? で、どう? やる?」




 ミーケが言って伸びをする。




「いや、いいよ。やらない。それこそめんどいじゃんか。俺は、のんびりここで暮らすよ」




「あー、それ駄目だから。このままだと一郎はデリートだよ。この仕事受けないと問答無用だから」




 ミーケの目の前に一匹の蝶がふわふわと飛んで来た。ミーケの瞳がくるくると動いて蝶を追い始める。




「そんなのあるか。ユーザーを馬鹿にしてるのか? 俺は客だぞ」




「あーはいはい。現実世界で死んでるからもう客じゃないだろ? 課金だってそのうちできなくなるし、この世界に接続する為の維持費だってすぐに払えなくなる」




「そんなのいらないだろ。俺は、この中にいるんだ。外から接続してないんだ」




「確かにそうだ。けど、それは、それ。偶然そうなっただけだ。だから、特別ルールの適用みたいな事にはならない。ここで生きていたいのなら、その対価を払え、とそういう事。そして、その対価は、このデリュ―ジョンを管理しているAIが決める。お前に選択権も拒否権もないんだ」




「なんだよそれー」




 一郎は絶対にやらないぞという思いを込めつつ大きな声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る