夜桜

宮元多聞

夜桜

もう春だというのに寒さが勝る夜

その女は、大きな桜の樹の下に立っていた。

たった今、切り取ったばかりの男の首を

桜の枝の一本にぶら下げようとしているところだった。

よく見ると、桜の花びらに隠れるように老木のそこかしこ

若い男の首が、鬼灯みたいにたくさんぶら下がっているのだった。

「あなたの場所はここ」

青白く細い指が、男の頬を撫でる。

首からしたたり落ちる血の滴が、女の左手の甲を濡らす。

2滴…、3滴…

女は、ゆっくり視線を落とすと「くすり」と笑い

男のちぎれた首回りをやさしく舐め始めた。

何度も何度も、女の舌が男の首を舐めまわす。

気づかれてはならない

気づかれてはならない

頭の中で声が響く。

が、頭よりも先に心が動いてしまった。

抱えていたスケッチブックに女の姿を写し取る。

何枚も、何枚も。

目が離せない

女は、首のひとつひとつをいとおしそうに撫でながら話しかけていく。

「私のこと好き?」

「そう、よかった」

樹の根元には、主を失った男たちの胴体が積み重なって、女の踏み台になっていた。

「ここに居てくれるだけでいいのよ。他には何も望まない」

女と目が合う。

風に吹かれて桜の花びらが舞い

足元に散らばっていたスケッチが飛ばされた。

握ったままの描きかけの絵の中には、私の首があった。

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夜桜 宮元多聞 @tabun_m

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