3
「ちひろ、ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「…後ついてきちゃったから」
「まあ、びっくりはした。帰るかなってって思って見てたら泣き出すから」
言いながら、ぼくの頭をなでてくれる。
って。
「見てたの!?」
「意外と気づかないもんだよなあ。ごめん、正直笑ってしまった」
恥ずかしいけど、彼の混じりけのない笑顔にほっとした。全然怒ってないみたいだった。
「もう。ひどいよ。緊張してたんだ。見つかったら、お母さんに怒られるし」
「悪い悪い。良かったよ、ばれなくて」
「本当だね。ちひろが見当たらないから、すっごく不安だった」
「つーか、その。なんだ」彼が手で顔を覆って天を仰いだ。「訊かないの? この格好のこと」
「…訊いてもいいの?」
「むしろここまで来たなら訊いてくださいよ、みつきさん!? オレが逆に気がかりすぎるわっ」
大仰に変顔して、かわいい今の格好とのギャップがおかしくて吹き出してしまった。
「じゃ、じゃあ……」こほん、と咳払いした。妙に緊張する。「こんな時間に、なにしてたの?」
「趣味」
そっけなく言って、ちひろは続ける。
「ずっと、家でだけやってたんだよ。でも、それだけじゃ満足できなくて外に出たくなってさ」
ちひろは口の端を上げて笑った。どこまでも冗談めかしてて、いつもどおりの声だった。
「そうなんだ」
「そうなんだって、随分あっさりだな! ……変って思わないのかよ。オレのこと」
「だって、ちひろは一緒に女の子になってくれるって言ったよ。わたし、あれすごく嬉しかった」
「あれは、気の迷いつーか……オレも、あの時は男と女とかよく考えてなかったし、お前が、大変そうだったし、その……」
「そうなの? ちひろはどうしたいのか教えて。どっちのちひろもわたしは好きだよ」
「うぐ。純真無垢な瞳を向けるでない。お前はホント……なんつーか」
手を振りながら、ちひろが頬を染める。
しばらく黙って、何度か深呼吸してから、意を決したようにぼくをまっすぐに見据えて一気に吐き出した。
「ああ、もう! そうだよ。変わってねえよ。女装するの好きだよ! 今でも!」
「そっか。一緒にする?」
「するって、何を」
「女の子の格好。メイク、すごく上手だし、わたしに教えて。そしたら、一緒に街にもでかけよう。深夜じゃなくて、ちゃんと昼に」
「いや、その……それは流石にハードル高い……かもな」
「大丈夫だよ、ちひろかわいいし!」
ぼくがちひろの手を、両手で胸元で握りしめる。
何度も彼はまばたきをして、面食らった顔をしている。
ぼくはちひろの力になりたくて、いつも助けてもらってる彼の望みを叶えてあげたかった。
それだけを、この時は考えていた。
「……みつきは、オレが男じゃなくてもいいのかよ。お前は本物の女になったんだろ。付き合ってるんだし、嫌じゃないのかよ」
「ちひろのしたいことが、わたしのしたいこと。だってちひろはわたしのヒーローだもん」
「お前はなんつーか……純粋すぎるよな。オレ、そんなに言ってもらう程じゃないよ、ヒーローなんて大げさ」
「でも、いつも助けてくれる」
「みつきは、オレのこと好き?」
「大好きだよ。ちひろが居るから、今のわたしがあるんだ」
「……そっか。オレも好きだよ。じゃあ、付き合ってもらうからな。ちょっとずつ、外とかにも……行きたいし」
ちひろがぼくから顔をそむけて、頬をかいた。
頬は赤いままだし、とても照れくさそうにぼくには見えた。
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