ゴジュウイチ 聖剣

 ————パキン。


 その音は、崩れた闘技場に居た四人の耳に確かに聞こえた。ガラスが割れる様な亀裂音は、マコトの物でも、ヒヨリの物でも、セツナでも、ましてローランの物でもなかった。しばしの沈黙が流れる間、四人は魔女の方を見る。

「……へぇ」

 と、彼女は心底嬉しそうにそう呟く。それだけで、四人には答えを聞いたも同然だった。

 魔女の防護魔法に亀裂が生じのだと。

「存外、魔法の扱いが上達したのね、ローラン」

 魔女は素直に娘を褒める。もしかすると、彼女はしばらくまともに会わなかったローランが成長した事が喜ばしかったのかもしれない。

「でも、完全には壊せてないわね。そこはまだまだと言うべきかしらぁ?」

 そう、魔女の言う通り、防護魔法はヒビが入っただけ——透明で見えはしないのだが——に過ぎない。だからまだ、彼女には余裕もあるだろうし、これで勝利した訳でもない。

 しかし、勝機は見えた。

 勝利など結果でしかない。その過程にあるのが絶望ではなく勝機ならば、暗い空間を彷徨い歩いていた様な感覚はなくなり、その先に光があるのも同然だ。

「魔女、最期に一つ聞きたい」

 最期、と言うのが誰の事を指しているのか、マコトは敢えて言わずそう訊いた。そんな場合ではなく、今すぐにでも次の攻撃を仕掛けるべきなのは、彼自身がよく理解している。

 だが訊かずには居られない。

「俺達を……俺を召喚した時、どうしてカズヤを殺した」

「……そんなの決まっているじゃない。怖いのよぉ、単純に」

 怖い、などとよもや絶対的な力を持つ魔女が吐く台詞とは到底思えなかった。だからこそマコトは眉を潜めた。何を言っているんだ、と。

「カズヤ……あぁ、確かそう呼んでいたわねぇ。彼の事。魔力が無い、って言うのは、私にとってはそれだけで違和感の塊でしかないのよぉ」

 ぬけぬけと、つらつらと魔女は言葉を重ねた。これが自分を刺激する為の挑発的な発言である事も承知の上で、マコトは耳を傾ける。

「アナタの世界では、魔力はあっても魔法はない。認識もされていない不可思議な力は、魔法と言うより手品でしかない」

 超常現象、あるいは人智を超えた出来事。それを魔女は魔法だと言いたいのだろう。確かに、到底計算や理屈では証明出来ない事が元の世界にあるのは分かる。

 故に、マコト達の居た世界に魔力はあっても魔法はないのだと。

「けれどねぇ。私は確かにアナタを召喚した時、感じた魔力は『三人分』だけなのよぉ。アナタと、そこの女の子と……後は魔法陣の中には居なかった一人」

「魔法陣の中に居ない一人……?」

 誰の事だ、と思ってマコトは当時の状況を思い出した。夜の学校の屋上で、星空を眺めていた三人。マコト、ヒヨリ、そしてカズヤ。これで『三人分』のはず。

「だからぁ、言っているでしょう? 私はこの世界に召喚した人間が『二人』だと思っていたのよぉ」

 魔女はマコトが口に出していない疑問を先に否定する。

 それでマコトは思い出す。

 そうだ、あの時の警備員。あの男は魔女の『召喚魔法』の外側に居た。それは見ていたから間違いない。でも、じゃあ……とマコトは血の気が引く。あり得ない可能性に行き当たって、それでも熟考してやはりあり得ないと思いながらも、マコトは恐る恐る口を開いた。

「じゃあカズヤは、『元の世界に居た時から魔力が無かった』って言うのかよ……!」

 そんなのあり得ない。魔女が言う様に、マコト達の住んでいた世界の人間全てに魔力があるとは限らない。信用に値する程、マコトも魔女と対話した訳ではない。

 けれど、彼女が嘘を吐いている様にはとても見えなかった。

「だから、怖いのよぉ。魔力があるはずの人間を二人召喚したはずなのに、そのつもりだったのに、突然想定も想像もしていない『もう一人』が目の前に出てきたら」

 怖いでしょう。

 魔女は静かにそう言った。

 整理が追い付かず、マコトは自身の混濁する頭を掻き毟りたくなる衝動を抑える。そして深呼吸をして、思考を落ち着ける。

 仮にカズヤに魔力が無いとして、カズヤが想定外の『何か』だったとして、それで自分の決意の何が変わろうと言うのだ。

「……じゃあお前は、そんな理由でカズヤを、親友を殺したのか」

「ええ、そうよぉ。だって私の目的の特異点になったら、面倒だものぉ。でもまぁ……もう、私には、関係ないのだけれど」

「……?」

 意味深な言葉に、マコトは取り乱しそうになる頭を振った。そうだ、親友を殺された。目の前で、見る間もなく、見る影もなく、心臓を貫かれて殺されたカズヤの無念を——その仇を討つんだ。その目標は変わらない。だから魔女の言葉に惑わされてはいけない。

 質問したのは自分のはずなのに、マコトはそう改めると、また真っ直ぐに魔女を見る。割れかかっている防護魔法を完全に砕き、そして魔女を倒す。そうやって再認識した。

「カズヤは、俺を庇ってくれたんだ。あの時前に立ってくれてなかったら、俺はここにだって居なかったかもしれない」

 命を張って助けてくれた結果あるこの瞬間だけを信じれば良い。

 カズヤ、お前ならこういう時どうする?

 そう思って、マコトは笑った。不器用に笑った。さながら追い詰められながらも飄々としている正義の味方の様に。

「魔女、お前を倒す」

「そうねぇ。『彼』を生き返らせたら、倒される事を考えても良いかも……考えるだけだけれど」

 何の合図も予兆もなく、二人の周囲から光が集まりだす。一つ二つと増えていき、それはやがて無数の粒となって塊となって浮遊する。

 そして、誰がスタートを切る訳でもなく、火蓋を切る訳でもなく、静かにそして盛大にその戦いは再び始まった。



 障害物を溶かしながら双方のレーザービームは完全には衝突せず、それでも幾つかがぶつかり合い弾け飛ぶ。そんな幾つも、から外れた光の束が魔女の防護魔法に、そしてマコトの防護魔法に激突する。

 こうやって攻撃をしてくるのだから、いくら魔女と言えど防護魔法を張り直すのには時間を要するはずだ。通常の魔法使いなら、防護魔法が割れてから再発動するのに約十分程度のブレークタイムが必要だとローランから教わっていたが、果たして魔女はどうなんだろうか。もしかすると一瞬でまた発動出来るのかもしれないと考えて、マコトは否定した。

 ほぼ隙もなく、壊れてすぐに発動出来るのなら、わざわざ攻撃してくる理由がないからだ。彼女が言う様に、マコト達の魔力が完全に底を尽く時まで待てば良い。それでも、自分らの攻撃に対抗しているのは、魔女にとっても脅威だからだろう。

 自分を守る防護魔法が破れる事が。

「極一防護魔法『戒』!」

 その叫びと共に、いつの間にか背後に回り込んでいたセツナが魔女に向かって拳を打つ。バギィン! と相も変わらず阻まれる渾身の一撃に、しかしセツナは確かな手応えを感じていた。

 さっきまでは割れそうにないと思っていた魔女の防護魔法が、今なら突破出来る気がした。

「あー、鬱陶しいわねぇ」

 飛び退くセツナに魔女が一瞥すると、どこからともなく出現した土の人形が襲い迫る。それらはセツナにとって、周囲を飛び回る虫みたいな物だったけれど、払い除けるのにも苦労はする。

 一体一体を相手にして疎かになっていた魔女への警戒を、何より魔女自身が見逃すはずもなく。

「——力比べでもしてなさい『異形の子』」

「なっ……!? ぐ、ううああ!」

 大きく薄い氷の膜が隆起し始めると、前で歩いていた土人形を粉砕しながら生えた巨大な氷の拳がセツナと衝突する。回避は出来ずとも、すんでのところでパンチを繰り出したセツナがズルズルと後ろに押される。

「セツナ君!」

「来るな!」

 ダ、と助太刀に行こうとするヒヨリをセツナが制止する。勢いの止まらない氷の塊と衝突しながらも、痛そうに顔を歪ませながらも、セツナがヒヨリに向かって笑い掛ける。

「アンタの、役目は、そんな事じゃない!」

 語尾の「っス」を忘れている辺り、どうやらそれはただのキャラ付けであるのは確かだが、そんな事を指摘するはずもなく。

「でも——」

「友達の為に戦っているなら! 最後までそれを貫け……!」

 その言葉を残して、セツナは辛うじて残っていた闘技場の壁まで吹っ飛ばされる。軽い打撲や怪我などでは収まる訳ない攻撃に、しかしヒヨリは彼の元へ駆け寄ろうとはしなかった。

 その代わりに、隣に居たマコトに目を向ける。彼ももうボロボロだ。ローランも魔力を失い、立つのだってやっとのはず。この状況で、自分に出来る事をヒヨリは模索する。

「……マコト! 私に任せて!」

 そしてヒヨリは最も信頼出来る友人にそう宣言した。胸に手を置き、こんな時だからこそわざとらしくオーバーなリアクションで彼に言う。

「でも——」

「大丈夫」

 マコトは昔から少し臆病な面がある。踏み止まって、先に進めなくなる様な時がある。そうやってうじうじしているマコトの背中を押すのは、いつだって自分とカズヤだった。

 だから背中を押す。バシンとそれはもう叩いていると言っても良いけれど、敢えて軽く言う事で彼の恐怖心を取り除く。

「私だってカズヤの為に今日まで鍛えたんだから……舐めんなよ、剣道部っ」

「いや、剣道部は関係ないだろ……分かったよ。頼む、ヒヨリ」

 マコトはヒヨリに頷いた。ローランが希望をくれ、セツナが激励し、マコトが託してくれた。ならば後は、その期待に応えるしかない。

 剣先をゆっくりと魔女に突き示すと、ヒヨリは目を瞑った。剣道の試合でも稽古でも、そうやって彼女はいつも心を落ち着けていた。道着や小手がなくとも、木刀ですらなくとも、この行為はヒヨリにとって特別な物なのだ。

「目の前で私が聞いているのに、随分とした自信ねぇ。アナタじゃあ私に勝てるはずないのに、何を血迷ったのかしら?」

 魔女の挑発にも乗らない。そうやって心に揺さぶりを掛けられるのは別段、元の世界にもあったのだから。それに、とヒヨリは静かな水面の上に立つ感覚の中で僅かな思考を巡らせた。

 勝てなくとも、突破口を作る事は出来る。

「……ま、良いわぁ。いつまでもそうやって居なさい」

 魔女がそう言うと、上空から巨大な水の塊が出現する。闘技場を埋め尽くさんばかりに肥大化していった水が、振り下ろした魔女の合図の後、支えを失い真下へと形を変えながら落下していく。

「炎魔法『聖炎大剣』!」

 ヒヨリもまた詠唱する。宿った炎の剣を、巨大な雨粒に向かって振り下ろす。炎は水を蒸発させ、水は消火しそれでも相殺しきれない火の粉が所々に散り、水は雨の様にして地面に落ちる。

 高熱の塊をぶつけられた水が急激に気化し、そして。

「——っ!」

 爆発する。それは今までのどの魔法の衝突よりも大きく、国の端っこから観測出来る程大きな煙を生み出し、耳を塞ぎたくなる様な轟音を作り出した。

 当然、その渦中にある闘技場がただで済むはずもない。突然の爆発によって起きた風が砂を土を吹き飛ばし舞い上がり、視界の悪さを如実に現していた。

 そしてそれは、魔女も同じだ。

「くっ……なっ!?」

「氷魔法『纏咲』」

 その言葉で魔女は初めて狼狽した。先ほどまで、恐るるに足らないと踏んでいた『異世界人』の少女——ヒヨリが、立ち込める煙の中を迷いなく走り、自身の、防護魔法の目の前に立っていたのだから。

 既に真っ直ぐと振り上げていた剣に、小さな霜が降り、その霜が繋がり凍り、剣身を覆う。あっという間に広がった氷の剣は十数メートルにも及びかねない大きさに成長すると、ヒヨリはしてやったりとでも言いたげな表情で剣を振り下ろす。

「メェェェン!」

 どこか気の抜ける掛け声と共にゆっくりとそれでも確実に氷の刃が魔女の防護魔法と激突する。粉々に砕け散ろうとも、まだ全てが壊れた訳ではない。だからヒヨリは力を込め続ける。痛む肩など、アドレナリンで今はどうとでもなる。

 これより辛い修行など、ヒヨリは元の世界で既に体験しているのだから。体験は経験として肉体に宿り、自身を成長させる為の糧になるのだとヒヨリは誰よりも知っているつもりだ。

「っ、この……っ!?」

 不意を突かれていた魔女が魔法を発動させようとした瞬間、ヒヨリの氷の剣が完全に砕ける音と一緒に————魔女の防護魔法もまた砕け散ったのだった。


 魔女の防護魔法が砕けた。それだけで、突破口になる。そして、その事実に驚愕する魔女の顔を見て後ろで見ていたマコトは確信する。

 やはり次の防護魔法までに時間を要するのは魔女も例外じゃない。

「ありがとう、ヒヨリ!」

 あらゆる角度に散らばり落ちている瓦礫を浮遊させたマコトが、魔女へ攻撃を放つ。近くにヒヨリも居るだろうけれど、彼女も防護魔法を発動させているだろうし、恐らくはある程度のリスクを承知で懐に飛び込んだ。

 そんな彼女が安全な場所に逃げるまで待つなんて事をしたら、それこそヒヨリに怒られる。瓦礫の雨を撃った直後、マコトは次の魔法の準備をする。と言っても、掛かる時間はそれ程のものではなかった。

 光撃魔法『千槍の雨』

 上空に出来た小さな粒を無数に生み出し、瓦礫が着弾するのを待たずしてマコトはそれらを解き放つ。右も左も、前も後ろも、そして上からですら襲い来る猛攻。いくら魔女と言えど、防護魔法がないなら————。

「あぁ、してやられたわぁ」

 剥き出しになった彼女は、攻撃が当たるその直前ですら、笑っていた。



 ドォォン!

 地響きで倒れてしまいそうになるのを何とか堪えながら、マコトは前を見る。どこもかしこも迫り来ていた瓦礫と光の束によって、明確に着弾したはずだ。そもそも、あそこから逆転する様な魔法、ある訳————

「凄いわぁ。まさか私をここまで追い詰めるなんてぇ」

「っ!?」

 バ、とマコトは声のした方を探す。右に左に視線を移し、攻撃の中心地にすら目を向けても、彼女は居なかった。ならばどこに……と思っていたマコトが恐る恐る空を仰ぐと。

 居た。

 魔女が悠々とした表情で、まるで追い詰められている気配も感じさせない飄々とした笑みを浮かべて、最初現れた時同様に空中を浮遊していた。

「なん、で……」

「何で、って、そりゃあアナタ達の知らない魔法を、私は知っているからよぉ?」

 ヒュン、と魔女の姿が消える。

「どう? 絶望したかしら?」

「!? ぐ、あああっ!」

 背後から耳を舐められている様な纏わり付く声が不意に現れ、咄嗟に振り返った直後マコトの身体が吹っ飛ばされる。

「マコト!!」

「マコト君!」

 ヒヨリとローランが彼の名を叫ぶ。それに応える余裕もなく、マコトは震える手足で立ち上がろうとする。

「『瞬間移動魔法』。初めてアナタと会って、殺そうとした時、この国の騎士団長が止めた後に見せたと思うのだけれどぉ?」

 そう、騎士団長ヴラド・カノッサによって命からがら生き延びた直後、魔女が忽然とあの大聖堂から姿を消した時にマコトは見ていた。

 『瞬間移動魔法』なるもので、魔女はあの攻撃を避けたと言うのなら、さほどおかしな話ではないだろう。でも、最後までその奥の手を見破れなかったのは完全にマコトの落ち度と言える。

 現にこうして、マコトの防護魔法はさっきの魔女の魔法によって壊されてしまったのだから。

 壊され、飛ばされ、蹲っている。

「防護魔法の再発動には時間が掛かるのは事実よぉ。けれど、それを破ったからって突破口にはなっても勝利に繋がる訳じゃあない。だってアナタ達の相手は防護魔法じゃなくて、私、でしょう?」

 アッハハ、と魔女が高らかに笑いながら悠然とした足取りで蹲っているマコトまで近寄る。魔力が底を尽きて倒れるローランも、有り余る力の全てを使ったヒヨリも、ただその様子を見る事しか出来ずに居た。

「確かにアナタの魔法使いとしての実力も素質もズバ抜けているわぁ。『彼』を彷彿とさせるくらいに。詠唱も魔法陣も使わずに魔法を発動させるなんて、この先アナタだけでしょうねぇ。でも」

 と、魔女は立ち止まる。マコトの真上で、彼を見下ろしながらつらつらと話す。自分が優勢になった時、誰だって饒舌になるとはよく言うけれど、ならば彼女が劣勢になった口を噤んだのはいつだ?

 そんなの、ありはしなかった。

 今まで魔女は一切として追い詰められなどしていなかったのだ。饒舌であり続けたのは、単に彼女が優勢であり続けたからだ。

「結局アナタ達は、私の見つけた魔法を使って喜んでいるだけ。私にとってお遊戯会でしかないのよぉ?」

「……っ」

 お遊戯会。

 まさしくその通りだと思う。ぐうの音も出ないどころか、呻いて睨み上げる事しか出来ないマコトに、魔女は満足そうに笑った。

「かあ、様……」

「大丈夫よぉ、ローラン。『彼』を生き返らせたら、また楽しく暮らしましょう。三人で仲良く、密かに、ね」

「私は、そんな……」

 そんな事、望んでいない。

 そうローランは言い切れなかった。母を救いたい。いつまでも死んだ父を思い続ける母を止めたいのはローランの本心だ。でも、父が本当に生き返るのなら……考えるとローランは断言出来なかった。

 だが誰かの命を犠牲にしてまで、ローランは父と会いたくなかった。父と会って笑った時、マコトの屍の上にいるかもしれないと思うと、ゾッとする。

「やめて下さい、母様……!」

 ローランは止める。ズルズルと身体を引き摺りながら、マコトに、母に手を伸ばす。けれど彼までの距離がローランには途方もなく遠く感じてしまう。

 足掻き続けるローランを眺めていた魔女が、彼女から視線を逸らす。

「——ごめんなさい」

 マコトだからこそ、気が付いた。マコトの方に振り向いた魔女の表情を、マコトは垣間見た。その頬に流れる一筋の涙を、娘に向けた言葉を。

 今にも泣き出しそうな顔をした魔女は、幼い少女の様であったけれど、それはほんの一瞬の事だった。彼女の前に居たマコトだからこそ気が付いた。

 魔女の人間性を。

「どんな犠牲を払ってでも、私は『彼』と会いたい」

 その言葉で魔女の周囲から光が漏れ出す。幾つもの光球の輝きにチカチカとする視界の中で、マコトは自分の死を悟った。不意に過る親友の姿を思い浮かべながら。いや、親友の姿など、一度たりとも忘れた事はない。それでもマコトは、亡き親友に語り掛ける。


 なあ、カズヤ。人は死んだらどうなる? もしもあの世みたいなのがあるのなら、またお前に会いたいよ、俺は。


 光が、放たれる。




 闘技場から離れた場所に位置する大書庫。その内部は、魔女とマコト達の戦いによって起きた地震で本が崩れ去っていた。本棚から溢れていた書物が床にバラけて、あるいは意図せず開かれたページの紙がクシャクシャになっている。中央にある巨大なテーブルは、少し前にマコトとヒヨリ、そしてローランが話していた場所だ。

 積み上がっていた本の塔も、今や崩落してテーブルに散らばっていた。そんな大量の本の山の中で、あるはずもない光が人知れず煌めいている。

 粉々になった大小様々な一片が光ると、別の場所からまた光が現れる。呼応して、まるで会話をするかの様に点滅を繰り返す。

 やがて、大書庫の中央に剣の柄が浮かび上がった。それを合図に、埋まっていた本の中から、剣身が出てくると、それらは柄に向かって浮遊する。

 一つ、また一つと。

 パズルみたく、欠片の隅々を埋めていく。

 最後にハマったピースで、それは本当の、あるべき姿へと変貌する。一本の剣の形になり、『それ』は天井のガラスを突き破って外へ出た。

 温かな光を放つその剣は、薄暗い空に輝く一つの星の様にして、空中に漂う。

 ローランは思っていた。母を止めるのは、死んだ父か自分しか居ない、と。

 ならば止めるのは、『ローランでなくとも良い』。

 完全な形に戻った『聖剣カルテナ』は飛翔する。

 闘技場へと。

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