サン 魔女
「うう……」
紐で縛られた様な頭の痛みで僕は目をうっすらと開けた。後頭部が安定していない。ああ、そうか、気を失って屋上の石畳に倒れたんだろう。
そうだ。あの時僕らは警備員に見つかってしまった。見つかってそれで……光に包まれた。金色がかった白い光に包まれたのだ。
それでどうなった? まず最初にヒヨリが消えた。涙を流して手を伸ばしながら、結局掴む事が出来ないまま。そして次にマコトが消えた。いや、消えていただろうか。
そして僕が消えた。ん? おかしい。それで僕がどうして気を失ったんだろう。記憶が上手く結び付かない。取り敢えず起き上がろう。僕は痛む頭を押さえながら、空いたもう片方の左手で身体を起こした。
「ん?」
変だ。地面がザラザラしている。左手を目の前に持ってくると、小石が手にくっ付いている。屋上の石畳とは言え、そこまで整備されていない訳がない。
次に僕は辺りを見た。崩れた木造建築の家屋に挟まれているあたり、どうやらここは道路の真ん中のようだ。けれど地面はアスファルトではない。天然物の土と小石が敷き詰まっている。そして何より明るい。
僕ら三人は夜に集まったはずだ。時間も場所も、何もかもが僕の最後の記憶と食い違っている。
「そうだ、マコト! ヒヨリ! どこだ!」
僕は無理矢理身体を起こすと、マコトとヒヨリの名を呼んだ。家屋は漏れなく崩れており、とても身を隠す様な場所はない。生活感の全くない異常な景色に疑問が生じるが、今はそれよりもあの二人が心配で堪らない。
そう遠くはない距離に見える大きな建造物に目が奪われた。やはりボロボロになってはいるが、その存在感は異質だ。
大聖堂だろうか? 僅かに残っている外壁には何やら羽の生えた小人の石像があしらわれている。きっとここは教会の様な役割があったのかもしれない。
「————!」
「何だ、今のは……?」
大聖堂の方向から何か聞こえてくる。小さくて微かではあるけれど、聞き覚えのある気がしてならない。行かなくては。あの場所に行かなくては、何かが起こっている。そんな感じがして、僕は足を引き摺りながら大聖堂に急いだ。
豪華だったであろう石段を登り、入り口の原型を留めていない門を潜ると、そこにはマコトとヒヨリが居た。正確にはあと一人、見知らぬ女性が居た。
ライダースーツの様なピッチリとした服の上にマントを羽織ったその女性は妖艶で生々しい雰囲気を醸し出している。
「————」
女性が何か言っているが、全く意味が分からない。聞こえないのではない、理解が出来ないのだ。日本語でも英語でもない。少なくとも僕の知っている言語で話していない事は確かだ。
「————」
女性は肩を竦めると長く綺麗な手を広げる。突如光るその手は、あの屋上で体験した物と全く同じ色をしていた。
「——これで通じるかしらぁ?」
「何だ……?」
声が聞こえた。恐らくはあの女性が何かしたのだろう。話が通じて安堵するよりも先に僕は気持ち悪さが優先された。ゾワゾワと背筋を舐められている感じがして悪寒で身が震える。
「カズヤ!」
「っ、マコト!」
その呼び声で金縛りに遭ったみたいに固まっていた身体が解放される。ようやく行った視線の先にはマコトが蹲っている。その奥にある祭壇らしき場所にはヒヨリも居る。
「マコト、ヒヨリ!!」
僕は痛む頭を放ってマコトの元へ駆け寄った。良かった、特に怪我は無さそうだ。ホッと胸を撫で下ろすが、「カズヤ、逃げろ……」とマコトが呟いた。
「マコト、一体何が——」
「全く、一人だけ召喚したつもりが三人も来るなんてねぇ」
「召喚、だと? お前がやったのか」
あの屋上での光はこの女性がやったのか。だが召喚とは一体どういう意味だろうか。
「そこの子はどうやら魔法の素質があるみたいだけれど、アナタは駄目ねぇ。どうしてか魔力が全く感じられないわぁ」
「魔法? 魔力?」
こいつはさっきから何を話しているんだろうか。ともかく、こいつがマコトとヒヨリに対して少なくとも擁護しようとする感じではない。
「魔力が無い、なんて事はあり得ないはずなよのねぇ。ハッキリ言ってアナタ気味が悪いわぁ」
やや間延びした、語尾が伸びた女性は僕に対して明確な嫌悪感を示した。どうやら僕はこいつの意に沿っていない様だ。
ボロボロになった身廊を踏みしめて腰を屈めると、僕の顔を覗き込んだ。女性的な特徴の身体を持つ彼女のその美しい顔にある深紅の瞳が毒々しく輝いている。
「邪魔なのよねぇ。不穏因子は殺してしまった方が良いわねぇ」
「何を言ってるんだ、お前……! 僕らを元に戻せ!!」
バッ、と立ち上がり両手を広げる。後ろに居るマコトを庇わなくては、と僕は直情的に行動して言った。マコトは身体が動かないのか、「駄目だ……カズヤ……」と僕に向かって呟く。
「さようならぁ」
ズン、と衝撃が走った。胸が痛い。妖艶なこの女性は僕に何をしたんだ。僕は恐る恐る下を見た。僕の胸から腕が生えている。いや、腕が突っ込まれている。手首から先が僕の胸を貫いていて、心臓を掴まれていると感じた。
「あっ……がっ……」
痛い。痛い。痛い。
視界がボヤける。痛い。口の中から血が溢れてくる。気持ちが悪い。何だこれは、何なんだこれは。心臓を握られていて、とても気分が悪い。
「カズヤァァ!!」
マコトが後ろで叫んでいる。しかしごめん、どうやら身体が動かないみたいだ。かろうじて息をしているだけの状態の僕に、女性は面白そうに笑って言った。
「あらァ? まだ生きているなんて、本当にしぶといのねぇ」
「いや……カズヤ……!!」
今度はヒヨリの声が聞こえる。けれどごめん、それに返事をする事は出来そうにない。僕の意識が消えていく。
こうやって僕は死んだ。訳の分からないまま死んだ。
死んだ、はずなんだ。
「これは……人間さん、ですか?」
「姉上、母上に報告を……!」
声が聞こえる。とても綺麗な、透き通った声が二つ聞こえる。ガラスの様で、柔らかい声だ。けれど僕は目を開けてその主を見る事は出来なかった。
ここで僕は気付くべきだった。何故死んだはずの僕が、意識が微かにあったのかを。でも今はとてつもなく眠い。身を委ねてしまいたくなる眠気に、僕は意識を傾けるのだった。
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