異世界版スワンプマン

刺素瀬素(しもとらいす)

ゼロ 僕は死ぬ

 僕は死について考えた。何故そんな事を考えたのかと問われれば、それは僕が現在そういった状況下に置かれているからだと答える。

 死と漢字で書いて見ると、何だか怖い様に単純に思える。けれど字だけでは痛みは感じないし所謂走馬灯なるものも駆け巡らない。絶望的、悲観的、そういうシンプルな連想でしか僕はそれを理解出来ない。

 とある聖職者が『死とは人生の終末ではない。生涯の完成だ』と言っていたそうだが、本当にそうなのだろうか。その言葉は人生を生き抜いた者が言えるのではないだろうか。突拍子もない他からの影響によって死んでしまった場合、生涯は未完成のままで終わってしまうのではないだろうか。

 僕はどうやら性格が悪いらしい。高校二年生になったばかりの青二才がそんな事を言うのは、ある意味年相応なのかもしれないが。

 けれど僕が何故そういう、死について考えてしまわざるを得ない様な状況下に陥ったかと言えば、僕が実際に死に掛けているからだ。

 胸を貫かれて心臓を掴まれている今、「死に掛けている」というにはあまりにも生き過ぎている気がする。

 ああ、痛い? いや、痛みはあまり感じない。それよりも圧倒的に血が足りていない。血液の循環をする役割を持つはずの心臓が潰れないギリギリで握られている事で、脳に血が行かない。まともな思考も、筋肉の動きも鈍っている。

「カズヤァァ!!」

 だから僕は、後ろから聞こえる親友の叫び声に目を向ける事が出来ない。眼球を動かそうと努力するが、視界がぼやけていて力も入らない。気絶しない様自我を保つのが精一杯だ。

「あらァ? まだ生きているなんて、本当にしぶといのねぇ」

 僕の心臓を掴む、胸部を貫いている張本人がやや間延びした声音でそう言った。その女性は何だか妖艶な雰囲気を醸し出している。銀色に輝く長髪は揺れ、深紅の瞳はこちらを覗いていて吸い込まれそうだ。僕の胸から伸びる腕を僕の血が伝い、肘の先で滴り落ちる。

 ああ、綺麗だ。美しく、毒々しく、とても気持ち悪い。吐き出してしまいそうになるけれど、駄目だ。食道ごと破られていて口からは鉄臭い液体しか漏れ出ない。

「いや……カズヤ……!!」

 今度は前方から吐息の様な小さい声が聞こえる。彼女の方には何とか視線を向ける事が出来た。制服の所々が破れていて、蹲る様にして僕の方を見ている。いつもは勝ち気で、男勝りな性格をしている彼女がとてもしおらしくこちらを涙ながらに見つめている。

 ごめんマコト。

 ごめんヒヨリ。

 僕は謝った。その言葉を口にしようと試みるが、それは叶わない。口を開けば溜まった血液がゴボ、と音を立てて空気だけが押し退けられるだけだ。

 苦しい。悲しい。死にたくない。何も分からないまま、右も左も分からないまま、僕は死ぬのだろう。だから尚更「生」に対して執着してしまう。

「もう面倒臭いから、『光撃魔法』でトドメを刺してあげるわぁ」

 やたらと語尾が伸びた声が耳にボンヤリと入ってくる。そうだ、そのよく分からない『魔法』に僕らは翻弄された。

 その女は乾いてもいない唇を舌で艶かしく舐めた直後、僕の身体に電撃が走った。電撃、というより落雷にでもあったと表現するべきだろうか。

 僕はそうやって黒焦げになった。皮膚が焼き爛れ、瞬間的な熱度に血液が凝固する。制服は燃える。

 ズルリと女の手が僕の胸から心臓を掴んだまま引き抜かれた。支えを失った僕は膝から順に崩れ落ち、地面に伏す。水と土の混ざった泥に顔の半分が埋まるが、呼吸もままならない今そんな悲惨な状況はあまり関係ない。

 ごめんマコト。

 ごめんヒヨリ。

 僕はもう一度謝ろうとした。後ろからマコトが僕の名を呼んでいる気がしたが、もう耳が全く機能していない。

 こうして僕は死んだ。何の理解も出来ないまま、親友を庇って死んだ僕――カズヤがそこには居た。

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