大学四回生


 これでこの作品が最後になることを切に願う。でも、人間は愚かだから、(いや、俺が愚かなだけかもしれないが)また同じ、或いは似たような過ちを犯すに違いない。そもそも、まだ自殺せずに生きている時点で、心のどこかで人生に希望を持ち、いつか幸せな日々を送れると盲信しているのだ。


 夜、寝る前に元カノを思い出す。朝、目覚めと共に元カノを思い出す。シャワーを浴びている時、授業中のふとした瞬間、ゲームのロード時間、友達との会話中、自慰行為の合間――数えればキリがないほど、思考の隙間に彼女は入ってきた。その度に心は薄く濁り、脳裏はどうしようもなく荒れてしまう。自殺を本気で考えてしまうほどに。


 自殺を考えたのは4月の初め。夏休み前には死んでやる、と意気込んだ。まだここには記せていないが、俺は元カノを諦めようと人を傷つけた。そのくせ、諦められずに彼女に縛られていた。自分でもどうしてここまで、よく言えば一途、悪く言えば執着、依存、していたのかは分からない。ただ、自分の気持ちが純粋な気持ちであることは間違いなかった。そうでなければ諦めようと努力しなかったと思うからだ。


 話がズレたが、俺は彼女を諦めるために、自殺をしようと考えた。それが正しいかどうかはどうでもいいと思っていた。そして、どうせ自殺するなら、その前にもう一度告白しておきたい、なんて考えもあった。まぁ、自殺なんて出来るとは思っていないが。なんせ、俺は自分のことが好きらしいから。


 そんな中、元カノが他の男子にアプローチされていることを知った。しかも、彼女は満更でもない様子で、付き合うのも時間の問題だろうと思った。同時に、付き合うのは俺じゃなくてもよかったのだろうな、とも思った。


 その時の荒れようは凄かった。その男子のTwitterを特定したし、第三者にその男子のことを遠回しに聞いたし、何かの間違いで不幸になってくれと願った。睡眠時間も食欲も明らかに減り、生きているのが本当に嫌になった。


 睡眠時間は特に酷かった。1時間しか眠れない日も多々あり、4時間寝てるけど、その間に3度ほど目を覚ましていたり、毎日が限界であった。仕舞いには、授業にも行けなくなった。


 いち早く、彼女を諦めないといけない、そう思った。ただ、どうしたらいいのか、自分でも分からなかった。他の物事に傾心してみても無理、距離を置いてみようとしても無理、やはり死ぬしかないのかと思った。


 依存、という言葉が回答であった。とある人が俺に向けて放った「依存」という言葉は俺に気づきを与えた。俺の中ではどんなに一途だと思っていても、第三者からすれば、依存とか、執着という言葉で簡単に片付けられてしまうのだな、と思った。物は言いようという訳だ。自分や相手の行動の意味や本質を、言葉を用いれば変えることができる。例えば、俺が倒れている人に手を伸ばした時、それを優しい人と見るか、偽善者と見るかは観測者が決めることができる。それを応用して、自分を騙せば、どんな事柄も都合よく受け取ることができる。


 俺はすぐに自殺を決行しようとしないから、本心では自殺をしたくないのだろう。それでどうやって諦めるか。もう一度フラれる。それしかないな、と思った。思い立った瞬間に、全ての準備を進めた。まず、言うこと。告白する正当性。諦める覚悟。


 俺はおそらく、今の状態が悪化すれば、元カノをストーカーするに違いない。そうなれば、告白して諦めることは元カノのためになる。そして、これで諦めることができなければ、自殺しなければならない。そう自分に言い聞かせ、元カノに1度話せないかとLINEを送った。


 クズの本懐という作品に「興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょ?」という言葉があり、それは俺の考えでもあった。それと、成功することのない告白は自慰行為だとも思っている。要するに、俺は自分が最低な人間だと自覚した上で、行動をした。ここでは「人間は誰かを傷つけたり、迷惑かけて生きている」のだと開き直った。


 元カノはこちらの言葉に警戒していた。しかし、何とか通話できることになった。


 俺は思いの丈を全てぶつけた。それはもう、前述した通り、射精するかのように全てを吐き出した。そして、欲しかった言葉ももらえた。出来ることを全てやった上で拒否されたなら、諦めるしかない。


 そうしてあっさり通話は終わった。もうこの話も終わった。そう思った。


 とりあえず、未だに残っていたツーショットの写真を消し、一息ついた時、今度は彼女から電話が来た。


 言われるだけ言われたので、仕返しがしたいとのことであった。


「結局、先輩は誰でもよかったんですよね。私、今彼氏いるんですけど、先輩と付き合っていた時よりも楽しいです」


 因果応報というやつだ。言うだけ言って通話を切られた。通話が終わった瞬間、俺は叫んだ。体中の血が沸騰しているかのように熱く、ベッドに頭を打ち付ける。俺は都合のいいチュートリアル彼氏だったのだ。


 衝動的に筆箱からペンを、机にあった本のカバーを、ユニバに行った時に買った人形を、手に取った。どれも彼女との思い出だ。物に非はないと思い、ずっと残し、捨てるつもりもなかったのに、衝動的にそれらへ手を伸ばし、ゴミ箱に投げ捨てた。


 次の瞬間、あぁ、諦められた、と安堵が込み上げ、冷静になった。すごい怒りが芽生えていたが、それもこれも、自分を諦めさせるためのものなのだろう、と解釈した。もしかしたら、彼女は裏でいわゆるスカッと話として、誰かに語っているかもしれない。


 この作品の主人公は他でもない自分で、彼女の物語では彼女が主人公で、ヴィランは俺、というわけだ。


 彼女は今頃、気持ち悪いストーカー気質の野郎にギャフンと言わせ、さぞかし愉快なのだろうな、と考えると俺まで愉快になってきた。

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