第80話 アローナ・アンダーウッド
大聖堂の一室にアローナを除く、アンダーウッド家の面々がテーブルを囲んでいた。
「あの、あまりアローナにばかり任せるのも……」
おずおずと口を開いたのは、次女のスティリアだった。
垂れ目で素朴な印象を受ける顔立ち、下がった眉は、いつも困っているように見える。
「なら、スティリア、貴方が手伝えばいいじゃない」
「それは……」
答えあぐねるスティリアを見て、長女フラムが鼻で笑った。
キュッと上がった目尻、ツンとした雰囲気を常に纏い、温和なスティリアとは正反対の性格だった。
「まあ、貴方の治癒じゃ、持って20人ってとこかしらね」
「フラム、それ以上はやめなさい」
エリザベートがぴしゃりと言うと、フラムはすぐに口を閉ざした。
勝ち気なフラムだが、唯一、母エリザベートには頭が上がらない。
「言い過ぎました、申し訳ありません……」
「わかれば良いのです」
悔しそうに目線を落とすフラムを見て、エリザベートは、テーブルに置かれた温かい紅茶に口を付けた。
エリザベートは頭を悩ませていた。
フラムにスティリア、二人は無事、聖女の職能を授かったが、その力は自分の半分にも満たない。スティリアに至っては、情けないことに回復術師にさえ劣る始末……。
本来、聖女が使う治癒とは、奇跡の体現でなくてはならないのだ。
少なくとも自分の祖母も母も、奇跡としか言いようのない治癒を、幾度も領民達に見せてきた。その度に、自分も聖女であることに誇りを持てたし、自身でも、奇跡に近い治癒を行って来たと言う自負がある。
だが、この二人には、残念ながら奇跡レベルの治癒は到底不可能である。
スティリアに比べれば、少しはマシなフラムでさえ、毎日の領民達の相手が務まるかどうか……。
アンダーウッドの正統な血脈であるはずの二人。
腹を痛めて産んだだけに、やるせない気持ちに苛まれる。
そして、皮肉なことに、養子であるアローナによって、アンダーウッド家の体面が保たれていようとは……。
せめて、私の力が衰えてさえいなければ、こんなことで頭を悩まさずに済んだものを……。
静かにカップをテーブルに置き、エリザベートは重い息を吐いた。
* * *
施しを終えた私は、自室のベッドに身体を投げ出した。
「あー、くそだりぃー……ったく、めんどくせぇな」
およそ聖女とは思えぬ言葉使いだ。
自分でも領民には聞かせられないなと思う。
「まあ、もう少しの辛抱か……」
そう呟き、ベッドから起き上がると、鏡台の前に座った。
ウィンプルを取り、頭を振る。
鏡の中で黒い髪が揺れ、内側の白髪が見え隠れした。
――私には過去の記憶が無かった。
アローナ・アンダーウッド。
突然、押しつけられた名前。
自分の顔を見つめながら思う。
私は一体、誰なんだろう……。
まさか、自分が大貴族の一員になるだなんて、思ってもみなかった。
覚えているのは、黒い煙の中、私の手を引いてくれた誰かの細い手。
漠然とした恐怖の中で、その手だけが拠り所だった。
あれは……誰の手だったんだろう。
一瞬、感傷に浸りそうになる。
だが、すぐにそんなことは忘れて、私はブラシで髪を梳かす。
――過去なんてどうでも良い。
今の私はアローナ・アンダーウッド。
必ず、このアンダーウッド家を手に入れてみせる。
鏡の中の自分に向かって、私はにっこりと微笑んだ。
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