第43話 悪意の矛先

「おい、カイル、村があるぜ……」

 テッドが目を細めながら言った。


「よし……、行くぞ」


 満身創痍のカイルとテッドが向かったのは、ヨルトの村であった。


 *


 倒れ込むように村に辿り着いた二人は、駆けつけた村の若い衆らに抱えられて宿屋に運ばれた。傷の深かったテッドはベッドに寝かされ、カイルは自分から身を投げ出すようにして床に腰を下ろし、壁にもたれる。


 村の若い衆に呼ばれてやって来た道具屋が、持参したポーションを二人に飲ませた。

 決して質が良いとは言えなかったが、無いよりはマシだった。

 小さな傷は消え、じくじくと痛んでいたカイルの右目も随分楽になる。


「はあ……すまん、助かった」

 カイルは道具屋に礼を言い、なけなしの銀貨を道具屋に握らせた。


「い、いいのかい?」

 不安げな道具屋の主人にカイルは、

「当たり前だ、命を救われたんだからな」と笑う。


「……わかった。では遠慮なくいただこう。他に何か必要な物があれば言ってくれ」

「ああ、そうさせてもらう」


 部屋を出る主人に、カイルは手を上げて応えた。


「どうにか回復できそうだな」


 テッドがベッドに横になったまま、呟くように言った。

 引きずっていた左足を、上に上げたり下ろしたりしている。


 今のカイルにとって、テッドは貴重な戦力だ。

 築き上げたパーティーは壊滅、奴隷も全て失った。


 これも全てあのクソガキのせいだ……。

 カイルの脳裏にクラインの憎らしげな、勝ち誇った顔が浮かぶ。


 ダンジョンで魔物に襲われながら、あの顔を切り刻むことだけを考えて剣を振り続けた。そういう意味では、アイツは命の恩人かも知れないと口端を歪めた。


「なら……ちゃんと恩返ししねぇとな……」


「ん? 何か言ったか?」


「いや……、一晩眠れば森を抜けるのも可能だろう」

「へっ、まさかレグルス側に出るとはなぁ……」


 斥候であるラズを殺した二人は方角を見失い、森の反対側に出てしまった。

 普段なら間違えることなどなかった。

 だが、深手を負ったカイル達には、ひたすらに森の中を進むことだけで精一杯だったのだ。

 想定外であったが、それに関してカイルに一切の後悔はなかった。


 パーティーなど、身体さえ回復すれば何とでもなる。

 テッドのような高レベルアタッカーは探すのに苦労するが、斥候や回復役などは、それなりの街に行けば、掃いて捨てるほど余っている。


 一先ずは、この村でエイワス王都までの路銀を頂戴し、途中でカモを調達しながら頭数を揃えればいいだろう。


 あのクソガキを探すのは、それからでも遅くない……。


「まあいいさ、こんな小さな村……俺とお前ならどうにでもなるさ」

「そりゃあ、どういう意味だ?」

 ニヤニヤと笑みを向けるテッド。 


 カイルは質問には答えずに、

「明日は忙しくなる……、しっかり休んどけよ?」とだけテッドに言うと、片膝を立て剣を抱くようにして目を閉じた。


「へへ、そうこなくっちゃな」


 *


 次の日、ほぼ体力を回復させたカイル達は道具屋に向かった。


 ヨルト村の道具屋は小さい。

 お店と言っても、民家をそのまま使っているからだ。


「よお、邪魔するぜ」


 カイルの声に店の主人が顔を上げた。


「あぁ、どうです? 身体の調子は?」

「お蔭さんで、すこぶる快調だよ」

「助かったぜ、わははは!」

 テッドが巨体を揺らして笑う。


 主人は少し緊張した顔で、

「そ、それは良かった……。で、今日は何か?」と訊ねた。


「おぉ! そうだった、ここで一番利くポーションは何だ?」

「えーっと、今だとハイポーションが一瓶だけ残ってるよ」


「じゃあ、それをくれ」

「毎度あり。あ……、金1と銀50だが、いいかな?」

 カイルの顔色を窺うように店主が訊ねた。


「ああ、いいぜ」

 カイルがそう答えると、主人がホッとしたような顔を見せ、奥から大事そうに瓶を抱えて持ってきた。


「こいつはレグルスの王都で仕入れたんだ、品質は保証するよ」


 主人は誇らしげに瓶を見つめ、

「実はハイポーションが売れるなんて思ってなかったんだ。こんな小さな村だしね。まあ、何ていうか、少しでも店に箔が付けばいいかなー、なんて思ってさ」と、笑顔を向ける。


「へぇ、そうかいそうかい、そりゃあ残念だったなぁ」

「――え?」


 次の瞬間、主人の顔は180度回転した。

 叫び声を上げる暇も無く、主人の身体だけが前を向いている。


「いっちょ上がりっと」


 テッドがパンパンと手をはたく。


「ほら、飲め」

 カイルが口元を拭いながら、テッドにハイポーションの残りを回す。


「おう」

 テッドは瓶を咥えて一気に飲み干した。


「お~っ! やっぱ利くなぁ! こいつの言うとおりだぜ、わははは!」


 テッドは主人の身体を突き飛ばした。

 二人は地面に横たわる道具屋に、何の感情も向ける事も無かった。


 カイルが潰れた右目と焼けた頬を手で触る。

「完全に傷が塞がったようだ、火傷も治ってるな……」


 隻眼になったのは惜しいが、致命的というハンデではない。

 距離感はダンジョンから逃げる戦闘で既に掴んでいるし、カイルは自分の顔に特別な思い入れがあるわけでも無かった。


「クックック、道具屋じゃねぇが、箔が付いたなカイル?」

「うるせぇ! さて……、そろそろ始めるとするか」


 小さくため息を吐き、カイルが剣を抜く。


「おう、皆殺しだ」と、テッドが拳を鳴らして応えた。


 *


 用事から戻ったタタが、家で花を生け替えていると村の若者が訪ねて来た。


「そ、村長!」

「どうした、そんなに慌てて?」


「な、なんか、村長が留守の間に、怪我をしていた冒険者を二人、宿に運んだんですが……」

「冒険者を?」


「はい、それが昨日は確かに宿に居たんですが、今朝から何処にも居なくて……」

「出て行っただけではないのか?」


「それが……、誰も村を出た所を見ていないんです、何だか柄の悪そうな二人だったし、ちょっと心配になって」

「そうか、わかった。皆で手分けして探そう」

「は、はい!」


 外に出ると、タタは腰に差していた短剣を若い衆に投げ渡した。


「念のため持って行け、ワシは東から回る」

「は、はい! わかりました!」


 タタが隣家に向かおうとした時、風に乗って微かに血の臭いがした。

 かつて、嫌というほど嗅いだ臭いだ……。忘れるわけがない。

 急ぎ家に戻り、床下の隠し扉を開ける。


「もう、握る事はないと思っていたが……」

 

 冒険者時代に使っていた『天蠍剣アンタレス』は妻の死後、洞窟に封印した。


 これは、村に何かがあった時の為に用意しておいたロングソード。


 タタは隠してあった剣を取り出す。

 握りを確かめた後、隣家に走った。

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