第44話 老いた剣豪

 王都を出た俺達は、ヨルト村へ飛脚竜を走らせた。

 一番先頭はクロネ、その後ろに並んで俺とリターナの順番だ。


 もちろんお土産も買った。


 村の皆には干し肉と酒を。

 タタ爺には、クロネがどうしてもと言うので『木刀』を選んだ。


 木刀って……。

 今になって、やはり他の物の方が良かったんじゃないのかと不安になる。


 だが、どう見ても同じ木刀の山から、あの一本を一生懸命選んだクロネのことを思うと、無下にするのも何だか心苦しい……。


 俺は前を走るクロネの荷物から飛び出た木刀の先を見ながら、どうかタタ爺が喜んでくれますようにと願った。


「クライン! あれ!」

 クロネが振り返り大声で叫んだ。


 遠くに狼煙のろしのような煙が立っているのが見えた。

 併走するリターナが、

「襲われてる! 急ぎましょう!」と竜のスピードを上げた。


 俺もスピードを限界まで上げる。

 一体、何が起きてるんだ……。



 村のあちこちから火の手が上がっていた。

 煙と熱気が渦巻いているが、俺は違和感を感じた。


 何だ……?

 何故、こんなにも静かなんだ……。


「タタ爺!」

 クロネは竜から飛び降りて駆けだした。


「おい、クロネ!」

 呼び止めるがクロネは村の中へ消えてしまった。


「クライン、人の気配がないわ」

 リターナも俺と同じ事を考えていたようだ。

「……妙だな。ともかく、誰か居ないか調べてみよう」

「ええ」


 俺とリターナは、竜を少し離れた場所へ繋ぎ、村へ走った。



 *



 ――数時間前。


「女と子供を洞窟の隠し部屋へ、夜になっても私が戻らなければレグルスに走れ」

 タタ爺は村の若い衆にそっと耳打ちし、

「行け!」と声を張った。

「は、はい!」


 若い衆が走り去るのを見ながら、

「助けを呼んでも無駄さ、ここに来る頃には全部終わってる」とカイルが薄笑いを浮かべた。


「……お主ら、何をしたかわかっておるのか?」


 目の前に血を流して横たわるのは、ハンスという気の良い男。

 酒を飲んでは、いつかとんでもない美人を嫁にすると息巻いていた。

 酒癖は良くなかったが、憎めない男だった……。


「大丈夫、安心しろって。みんな一緒に送ってやるからよ」


 テッドが拳を鳴らしながら、カイルの前に出た。

 

「カイル、この爺さんは俺がやる」

「よし……いいだろう、じゃあ俺は他をやる。後で合流だ」

「おう」


「逃がすと思うか?」


 カイルが背を向けた瞬間、タタ爺は目に見えぬほどの速さで斬り掛かった。

 ――激しい金属音が響く。


「おっと、アブねぇアブねぇ……この爺さん只者じゃねぇな」


 テッドが農作業用のシャベルで剣を止めた。


「年は取りたくないものだな。昔なら貴様ごと真っ二つにしてくれたものを……」

「へっ、負け惜しみか? 全盛期でも俺には勝てねぇよ、オラァ!!」


 タタ爺とテッドが壮絶な打ち合いを始める。

「カイル、ここは俺に任せろ!」

「……死ぬなよ?」

「この俺が死ぬわけねぇだろ!」

 軽口を叩きながら、テッドの猛攻は次第に速さを増していく。


「クッ……」


 互角に見えた二人だったが、時間が経つにつれ、タタ爺の動きが鈍くなった。

 高レベルの重戦士であるテッドの一撃は、まともに受ければ数発で腕の骨が粉砕される程の威力がある。タタ爺は器用に攻撃を受け流しながら隙を窺っているが、それでも剣を握る手には、痺れが出始めていた。


 剣豪と呼ばれた全盛期であれば、勝負は違っていたのかも知れない。

 己の愛剣である『天蠍剣アンタレス』すら持たない今のタタ爺では、テッドの猛攻の前になす術がなかった。


「ふん!」


 振り下ろされたシャベルがロングソードを叩き割った。

 タタ爺はすかさず後方に転がり逃げた。


「爺……逃げてんじゃねぇよ」


 テッドがゆらりと巨体を起こした。


「それほどの強さを持ちながら、なぜ野盗の真似などする?」


「あぁ? 別に盗みがしたいわけじゃねぇ。単に俺は我慢をしないだけさ。欲しいものは奪う、腹が立てば殴る、ヤリたきゃ女も犯す、全部、この力でねじ伏せてな」


 悪びれもせず、薄笑いを浮かべながらテッドは答えた。


「ふん、聞いて損したわい……、それを何と呼ぶか知っておるのか?」

「あぁ?」


「……獣よ、お主は暗がりに巣くう獣と何ら変わらぬわ」

「そりゃいいや、はははははは!!!」


 タタ爺の言葉に、テッドは腹を抱えて笑い出す。

 その隙を見てタタ爺がテッドに襲いかかった。

 中空に飛び上がり、折れたロングソードでテッドの太い首筋を狙う。


 が、テッドは逃げること無く、そのままタタにしがみ付いた。


「つ~かまえた……」

「……クッ!」


 タタ爺は剣の柄でテッドの頭を殴りつけた。

 だが、ニタァっと不気味な笑みを浮かべながら、テッドはタタ爺をゆっくりと絞め上げていく。


「ぐお……が……は、離……」


 骨の軋む音とテッドの荒い鼻息に混ざって、タタ爺の悲痛な呻き声が漏れる。


 ――ロングソードが地面に落ちた。


「終わりだ」


 テッドがさらに力を込めようとした、その時――。



『海猫流―――海王龍十八渦リヴァイアサン!!!』



 荒々しい大波の如く現れたクロネがテッドに連撃を放った!

 テッドの周囲を大渦のような土煙が巻き起こる!!


「その汚い手を……放せーーーっ!!!」


 足から腰、背中、腕、肩、そして側頭部に凄まじい蹴りが入った!

 テッドが一瞬手を緩めた隙に、タタ爺をクロネが救出する。


「タタ爺! タタ爺! しっかりして!」

「お、おや……クロネ……ちゃんかい……グフッ!」

 吐血するタタ爺に涙目でクロネが言う。

「じっとしてて! すぐにクラインが治してくれるから!」


「おいおい……誰かと思えばクロネじゃねぇか。今のは痛かったぞ?」


 後ろからテッドが地鳴りのような声を出した。

 クロネはタタ爺を寝かせると、テッドに向き直る。


「やっぱ……、あん時殺しとけば良かった」


 クロネの全身から闘気が立ち上った。


「そりゃ残念だ……最後のチャンスだったのになぁ? クラインあいつも来るのか? ちょっと勿体ない気もするが……、纏めてぶち殺してやる!!」


 テッドが気を込めると、身体が一回り大きくなった。

 重戦士のスキル『硬化』は全身を一時的に鋼のように硬くする。


 敵のターゲットを自分に集中させることを目的として使われるスキルで、普通なら動けなくなるのだが、テッドの場合は違った。


 硬化場所を部分的に限定することで、己の身体を武装化することに成功したのだ。


 しかも、これはテッドのオリジナルで、カイルがテッドを高く評価しているのは、こういった天性の戦闘センスの良さによるところが大きい。


 テッドは硬化させた両拳を合わせ、威嚇するように音を立てた。

 だがクロネは臆することなく、突き刺すような眼でテッドを睨み付ける。


「あんた殺すわ、その上で……もう一回殺す!」

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