第39話 招かれざる帰還者

 ――東の森、深層域付近。


「はぁ……はぁ……」


 葉を踏む音。


「う……ぐっ……はぁ、はぁ……」


 土を蹴る音。


 漏れ聞こえる荒い息。


「お、おい……そろそろ、深層域を出た頃だ。そこの岩陰で休むぞ」


 先頭を行く男は、振り返りもせずに言い捨てた。


 ――満身創痍のパーティー。

 深層域付近では特に珍しくもない。

 ダンジョンから命からがら逃げ出してきた――、などは良くある話である。


 だが、その苦悶に満ちた表情や傷の深さ。そして、もはや装備の体を成していない剣や鎧を見れば、彼らがくぐり抜けてきた死線の壮絶さを窺い知ることができるだろう。


 敗戦、敗北、敗退――。

 果たしてそうだろうか?


 冒険者にとって、魔物に負けるということは『死』と同義である。

 例え、一国を揺るがすほどのレアアイテムを手に入れたとしても、世界を丸ごと買えるような財宝を見つけたとしても、死んでしまった瞬間、それは何の意味も持たなくなる。


 そう、全ては命あってのもの。

 命というカードさえ失わなければ、また何度でもゲームに参加ができるのだから。  


 その点から見れば、彼らは勝利したと言える。

 例え地面を這いつくばり、苦渋を舐めようとも、一番大事なカードを守り抜いたのだから。


「カイル……これからどうするんだ?」


 岩に凭れたテッドが半分に折れた剣を投げ捨てた。


「……何としてでも街へ戻り、傷を癒やす。そして、あのガキをぶっ殺す!」


 カイルの目には憎悪が満ちていた。

 血と泥にまみれた顔が歪み、犬歯がギリリと鳴った。


「へっへ……そうこなくちゃなぁ?」

 テッドが薄笑いを浮かべると、ラズが口を開いた。


「俺は……抜ける」


「あぁ? へっ、ラズよ……臆病風に吹かれたかぁ? お前、シーラの仇はどうするんだ?」

「……知らねぇよ。それに、俺達はそんな関係じゃなかったはずだ」

 そう言ってラズは、短剣の汚れを袖で拭う。


「ま、そりゃそうだな。ラズの言うことは正しい……」

「カイル……」


 あっけらかんと答えるカイルに、ラズは驚きを覚えた。

 今まで、カイルが自分の意見を肯定したことなど無かったからだ。


「よくよく考えると、俺達は腐れ縁って言っても可笑しくない程度に長い付き合いだったな……。どうするラズ、ここで別れるか?」

「……いいのか?」

 カイルはため息交じりに、「ああ」と答える。


「すまん、俺はここで抜ける」


「お、おい……カイル、いいのかよ?」

 テッドが不安げな声を漏らした。


「わかった。そうだな、アイツに盗られちまって、もう渡せる物は殆ど無いが……これを持って行け」

 カイルは腰袋から、古代金貨を一枚取り出した。

「おい! それは……」

 テッドが慌てて声を上げた。

 カイルは「いい」と言ってテッドを制し、ラズに「悪い、今は立つのが辛い、こっちに来て受け取ってくれるか?」と頼んだ。


「わかった」


 ラズが古代金貨を受け取る。

 今回の討伐で得たアイテムの中でもかなり価値が高い物だ。

 こんな貴重な物を手放すとは、カイルにも人並みの情があったのかとラズは少し可笑しくなった。


「……カイル、世話に――グフッ⁉」


 ラズが困惑の表情を浮かべたまま固まっている。

 カイルが伸ばした剣が、腹を貫いていた。


「ラズぅ……だから、お前は駄目なんだ。教えただろう? 誰も信用するなと」


 カイルは剣を捻る。


「ぐああっぁーーー!!」


 悲痛な声を上げるラズ。


「ひゃははははは!! こりゃいいや! さすがカイルだぜ!」

 テッドは手を叩いて喜んだ。


「ラズよ、何だって? 聞こえなかったなぁ? 俺達ぁ……一緒に地獄を見た仲じゃねぇか? ん?」


「がはっ! ぐがぉぉおおおお!!!」

 ラズが白目を剥き、口からは血の泡を吹いている。


「オラァ! ぬるいこと言ってんじゃねぇぞラズ!」

 カイルは怒号を浴びせながら剣を横に引き、ラズの腹をかっさばいた。


 ラズは「ひゅ」とだけ息を漏らして倒れた。


「ふん、先に待ってろ。俺とテッドもそのうち行くさ」


 剣を振り、カイルは血を払った。

 近くの木の幹に血痕が飛び散った。


「はっは! いいねぇいいねぇ、俄然やる気が湧いてきたぜ! さぁカイル、どうやってアイツを殺す?」

「楽な死に方はさせねぇ……絶望を味わわせてやるさ」


 カイルはそう呟き、剣身に映る自分の顔を睨む。

 その顔は、右目が潰れ、頭の右半分が火傷で爛れていた――。

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