第38話 仲介役

 リターナに案内されるまま、王都の中を歩くこと小一時間。

 俺達は王都の中でも、商人達が多く住むF地区と呼ばれる場所に来ていた。


「しかし、流石に王都ともなると一日じゃ回り切れないくらい広いな」

「ふふ、そうねぇ、当てもなく歩いたんじゃ日が暮れちゃうわね」

「そういや、クロネの村はこの近くなんだろ? 寄らなくていいのか?」

「え、ああ、大丈夫大丈夫! むしろ帰りたくないっていうか……」

 クロネは両手の指先を合わせながら、呟くように言った。


「そ、そうか、まぁ無理にとは言わないけど……」


 大丈夫なんだろうか?

 会いたい人とかいないのかな。


「着いたわよ」

 リターナがごく普通の民家の前で立ち止まり、

「さぁ、行きましょう」と扉を開けて中に入った。


「お邪魔します」

「どもー」


 中に入ると、部屋の真ん中に長方形のダイニングテーブルが置かれていた。

 壁には食器の入った棚や雑貨棚が備え付けられており、生活感が溢れている。


 窓際に立っていた男が振り返り被っていたハットを取ると、小さく頭を下げた。


「お久しぶりね、ガーランドさん」

「リターナも変わりないようで」

「紹介するわ、クラインとクロネよ」


「初めまして、クラインです」

「よろしくー」


「ガーランドと言います。以後、お見知りおきを」


 ガーランドさんは人当たりの良い笑みを向ける。

 だが、その笑みからは何の感情も読み取れなかった。


 不思議な男だな……。

 年齢的には上だろうけど、一体何をしている人なのか見当が付かない。

 赤茶色で猫っ毛な髪に、これと言って特徴の無い顔。

 背丈も俺と同じくらいで平均的だし……鍛えている風でもない。


「ふふ、気になるわよね? 彼はその筋では有名な『何でも屋』よ。今回、レグルス王との謁見がスムーズに行くよう、口利きしてもらおうと思ってるわ」

「何でも屋……何でもできるのか?」

「何か面白そうな仕事だね」

 俺とクロネが食いつくと、ガーランドは苦笑いを浮かべた。

「いえいえ、リターナが大袈裟に言ってるだけで……」


「さ、とりあえず座りましょうか」


 リターナがダイニングテーブルに手を向ける。

 俺達が席に座ると、リターナが紅茶を用意してくれた。


 第一声はガーランドさんだった。

「さて……、リターナから事前に聞いていますが、レグルス王に謁見なさりたいとか?」

 俺はリターナをちらっと見て、

「ええ、どうしても」とだけ答えた。


「ちなみにですが……、39824。これ何の数字かわかりますか?」

「はい! 依頼料!」

 クロネが手を上げ素早く答えた。


「残念、違います」

「え~……」

 つまらなさそうに唇を尖らせて、クロネは紅茶にミルクを入れる。


「この数字、レグルス王の謁見待ち人数です」

「「えっ⁉」」


「そ、そんなに待ってるんですか⁉」


「はい、と言うのも、レグルス王は、長い歴史の中でも稀に見る賢王として皆に愛されております。しかも、誰とでも分け隔てなくお会いになるとなれば仕方ない事かと……」

「じゃあ、どうするの? 順番待ってたらクラインお爺ちゃんになっちゃうよ?」

「さ、さすがにお爺ちゃんにはならないけど……時間が掛かるのは困るな」

「そこで、私のような者の出番というわけでして」

 と、自信たっぷりの笑みを浮かべるガーランドさん。

 

「……何か方法が?」

「はい、謁見はその緊急性を考慮して、順番を考慮するようになっています」

「へぇ、そうなんですか……」


 だとすると、ずっと待ってる人もいるのかな?

 ちょっと可哀想な気もするけど……。


「その順番を決める管理官がいるのですが、私はその管理官に顔が利きます。いくらかご用意してもらう事にはなるでしょうが、近日中に謁見の調整が可能でしょう」

「ちなみにお幾らくらい掛かるのでしょう……?」

 そう訊ねると、横からリターナが口を挟んだ。


「ガーランド、確か貴方……、質の良いハイポーションが欲しいと言っていたわね?」

「ええ、確かにそういう依頼を受けております。ですが、近頃は粗悪品が多くて……難儀しそうです、ははは」

 リターナが俺に目配せをした。

「ガ、ガーランドさん、そのハイポーションですが……どのくらい必要ですか?」

「それは……、二〇本程ですが?」

「もし、用意できたら、謁見の手配をしていただけますか?」

「そりゃあ、もちろんですよ! ははは、クラインさん、お気持ちは嬉しいですが、今はメンブラーナの卸売りも姿を消してしまって――」

 俺はテーブルの上にハイポーションを置いた。


「こ、これは⁉」


「どうぞ、ご確認を」


 ガーランドさんは、瓶を手に取り蓋を開けて匂いを嗅ぐ。

 その後、空のグラスに少しだけハイポーションを注いだ。


「色は……中々良いようですね」


 ゆっくりと口を付ける――。

 その瞬間、ガーランドさんは目を瞠った。


「これは……⁉」


 スーツの内ポケットから、ハンカチに包んだ小さな黒い石を取り出してグラスの中に一粒落とし入れた。

 その瞬間、石が真っ赤に染まる。


「驚きました……、一体、これをどこで?」

「ふふ、ガーランドさん、それよりも返事はどうなのかしら?」

「あ、ああ、そうですね……これと同じ物を用意していただけるなら、喜んで承りますよ」


「決まりね、クライン?」

 リターナが片目を瞑る。

 俺は小さく頷き、

「では、品物はここでお渡ししますか? それとも、後日別の場所で?」と訊ねる。

「それでは、この一本を先に手付けとして頂きます。残りは成功報酬で結構です」

「わかりました、ではよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 俺はガーランドさんと握手を交わした。

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