第33話 飛脚竜

「そんな上手くいくかな?」

 クロネは腕組みしながら上を見上げている。


「しかし、採掘場を運営するにしても……人はどうするんだ?」

 疑問を口にすると、リスロンさんが紅茶のカップを置きながら口を開いた。


「それなら私に任せてくれ」

 リターナが「エルフ族ですね?」と微笑む。

「これは驚いたね、私とエルフ族の繋がりに気付いていたとは……」


「エルフ族って……あの?」

「そう、森の深層域に住む古い一族のことさ」


「あ、あの……リスロンさん、ちょっと言いにくいんですが……」

「何だね?」

「その……エルフ族の方々は人間を嫌うと聞いたことがありますし、森の開発には反対ではないのですか?」


 気高く、何者とも関わりを持たず、森の深層域で暮らすエルフ族。

 初代エイワス国王との間には親交があったという記録が残っているが、それ以降、エイワスの歴史にエルフの名が出てくることは無い。人の三倍はあるとされる寿命と、高いレベルキャップ、生まれ持った魔力量、深淵の住人たる彼らからしてみれば、人間など付き合うに値しないと思っているのかも知れない。


「確かに良くは思ってないかもな。だが、彼らも生きている。時代の流れに適応できなければ、衰退し――滅ぶだけさ」

「エルフって強いの?」

 クロネが訊くと、リターナが答えた。

「どうかしら? 平均的な能力は人間を遙かに上回るでしょうけど……職能クラス次第でいくらでも変わるわ」


 確かに、そう言われてみると俺が良い例だな。

 レベル0で能力は絶望的だが、それを上回るスキルの恩恵がある。


「まあ、ともかくエルフ族との交渉は任せてくれ、クライン達はレグルス皇国の方を頼む」

「わかりました、早急にレグルス王からお墨付きを頂いてきます」

「うむ、期待してるぞ」

 俺達は再びグラスを合わせた。


 *


 話し合いの後、ギルモアさんから屋敷の契約書をもらって正式に契約を交わした。

「これで、この屋敷はクラインさまの物となります」

「ありがとうございます!」

「やったね」

 クロネが隣でニッと笑う。


「レグルス皇国にはすぐに立たれますか?」

 書類を片付けながらフィルモアさんが言った。


「ええ、そのつもりですが」

「よろしければ留守の間、屋敷の管理は私にお任せ頂けませんでしょうか?」


「え? でも、何か悪い気が……」

「とんでもありません。私にとっても思い入れのある屋敷ですので」

 ギルモアさんは目を細めながら周りを見た。


「わかりました。ギルモアさんに見ていただけたら僕たちも安心です、よろしくお願いします」

「ありがとうございます、では後の事はお任せ下さい」

「よろしくねー!」


 クロネが元気よく言うと、ギルモアさんが初めて笑みを見せた。


 *


 翌日、俺とクロネ、リターナはレグルス皇国を目指して、一旦メンブラーナに向かい準備を始める。徒歩でレグルス皇国に向かうには距離がありすぎるので、移動には飛脚竜を使うことにしたのだ。


「てか、何でリターナがベッドに入ってくるわけ?」


 クロネが昨日の夜の事でリターナに食ってかかった。


「ふふ……だって私もここに住むんだし、一人だけ別の部屋で寝るのも寂しいわ」


 初めての屋敷で過ごした夜は……、何というか、とても刺激的だった。


 大きなベッドだったけど、まさかリターナまで入ってくるとは……。

 すべすべで、少しひんやりとしたリターナの太ももの感触を思い出すと、思わず顔が熱くなった。


「ちょっと! クラインも何とか言ってよね!」

「ま、まあ、ベッドも大きかったし……」


「ほら、クラインも嫌がってないみたいね?」

「……クライン?」

 クロネがジト目で睨んでくる。


「え? いや、その……あ! ほら、飛脚竜屋があったよ!」


 長い厩舎に竜がずらっと繋がれている。

 大勢の商人らしき人達が竜を借りに来ていた。


「うわー、格好いい! 早く乗ろ!」

 すっかり機嫌の直ったクロネは我先にと竜の元へ駆け寄った。


「いらっしゃい!」と、店の主人が顔を出す。


「あのー、レグルス皇国に行くんですが、竜を三頭お願いできますか?」

「レグルスかい、ちょうど道を覚えてるのがいるから、そいつに乗ってくといい」

「本当ですか、ありがとうございます」


 店主は竜に繋がれたロープを解き、店前に三頭引っ張ってきた。

 飛脚竜になる竜は草食の大人しい種が選ばれる。雛の状態から飛脚竜として飼育・調教をされているので人を襲う心配は無い。道を覚えているので乗り捨てが出来るのも人気の理由だ。


「使い方はわかるか?」

「えっと、目的地に着いたら餌をあげるんでしたよね?」

「そうだ、ウチの竜にはこいつをやってくれ」

 店主は赤黒い玉を三個袋に入れて竜の鞍に結んだ。


「わかりました、えっとお代は?」

「一頭に付き、銀貨20枚だ」

 俺は店主に金を渡し、竜の手綱を取った。

「まいど、じゃあ優しく乗ってくれよな」

「もちろん。では、お借りします」


 俺達は竜に乗った。

 二人と顔を見合わせ、さあ出発と思った瞬間、

「よーしっ! 出発~っ!」と、クロネの乗る竜が一足早く駆けだした。

「ま、待てよ!」

「ふふ……」


 クロネの後を追って、俺とリターナも竜を走らせた。

 風を切る音、景色が凄まじい早さで流れていく。


「おい! アブねぇだろ!」

「ちょっと! 気をつけな!」


 通行人が街中を疾走する俺達に向かって声を上げた。


「わ、ご、ごめんなさい!」

「ふふ……悪気はないのよ」

「いっけ~!」


 メンブラーナゲートを抜けようとすると門兵さんが、

「こら! 街の中で走るなー!」と、怒っていた。

「す、すみませーん!」

 聞こえたかどうかわからないが、振り返り豆粒大になった門兵さんに大声で謝る。


「あはははは!! 楽しーっ!」

「ちょ、クロネ! 待てって!」

「クロネちゃんったら……」


 俺達はレグルス皇国へ向かって走り出した。

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