第32話 鉱脈の使い道
宿に帰った俺達は、そのままベッドに飛び込んだ。
「ふわぁ~、疲れた~」
「ほんと疲れたなぁ……」
クロネが俺の方に寝返りを打ち、
「ひとまず成功?」と訊いてくる。
「ああ、大成功だよ。これで後はレグルス皇国でお墨付きを貰って――」
ばふっと、クロネが抱きついてきた。
「ちょ、クロネ?」
「疲れた……」
クロネは俺の胸に顔を埋めた。
あまりにも自然で、不思議と照れくさくなかった。
「ねぇ、クライン……どうやってドレイクを倒したの?」
「……あいつの血を、ポーションに変えた」
クロネが起き上がり、真剣な顔で訊いてきた。
「ちょっと待って、水以外も変えられるってこと?」
「多分、触れた液体ならポーションに変えられる」
「……」
クロネの表情が読めない。
怖がっているのだろうか……?
確かに、誰だって気味が悪いよな。
俺に触れられたら死ぬかも知れないんだから。
あぁ……、もしかすると、また、一人になるのかも知れないな……。
「やったじゃん」
「へ?」
「だってさ、正直クライン弱すぎだもん。良かったぁ~、これで十分戦力になるわ。そうね、これは秘密にしておいた方がいいわね、不意打ちでしか効果がないもの」
「こ、怖くないのか?」
「冒険者を舐めてるでしょ? あのね、そう簡単に私レベル相手に触れるなんて思わない方がいいわよ? そもそも、常に気を張ってて、誰かが近づけばすぐにわかるし……。まず、クラインの場合は、面と向かって敵対する相手に触れることの難しさを知らなきゃ」
「そ、そうなのか?」
そう言われると、何だか難しく思えてきた。
「ええ、もし、私がクラインの力を知っていたとしたら、触れずにクラインを瞬殺できるわよ? あははは!」
「しゅ、瞬殺……」
楽しそうに笑っているけど、本当に出来るんだろうな……。
「そ、だから、その力は本当の切り札ね。多分、リターナも誰にも話してないはずだし」
「そうかな?」
「そりゃそうよ、これだけの力、黙っておけば一発逆転のカードだもの。今回みたいにね?」
クロネは、まるで儲け話でもするように笑った。
「そ、そっか……。実はちょっとだけ怖かったんだよ。自分が少し念じただけで人を殺せるだなんて……」
「ははは、今更何を言ってんの? そんなの、方法が違うだけじゃない。私だって念じて殴れば、大抵の人間なら瞬殺できるわよ?」
「……確かに」
「だから、そんなに悩まなくていいんだって」
クロネは俺の頬を小さな手で包んだ。
「また、危なくなったら……私を守ってね、クライン」
「お、おぅ……」
俺はちょっと気恥ずかしくなって目を逸らした。
クロネは俺の胸に顔を埋め、静かに寝息を立て始める。
その寝息に耳を澄ませながら、いつの間にか俺も眠りに落ちていた。
*
朝早くに、宿の主人が手紙を持って来た。
目を擦りながら受け取ると、手紙はリスロン商会から届いたものだった。
「なんだろう……」
手紙には、今日からでも屋敷に住んで良いということと、屋敷で打ち合わせをしたいということが書かれていた。
「やった! クロネ、起きろって! 今日からあの屋敷に住めるぞ!」
クロネの身体を揺すると、完全に力が抜けているのかゼリーみたいに軟らかかった。
「や~……もうちょっとだけ……」
「ほら、駄目だって! おーきーろー!」
散々耳元で騒ぎ立てると、ようやく頭を掻きながらクロネが起き上がった。
「これ見ろよ、屋敷に住めるんだぞ?」
「……マジで?」
一瞬のタイムラグの後、
「ひゃっほーーーーっ!!! さぁグズグズしてないで、さっさと出発するわよ!!」
クロネは素早く外套を羽織ると部屋を出て行く。
「ちょ……⁉ お、おい、待てって!」
慌てて荷物を手に取り、俺はクロネの後を追った。
*
森の湿った冷たい空気が、寝起きの身体をシャキッとさせてくれた。
足下は枯れ葉が積もって、ふかふかしている。
本当にこの下にミスリル鉱脈が広がっているのだろうか?
大貴族だったリンデルハイム家でさえ、ミスリルを使った武具や道具、美術品などは数える程しかなかった。
それがこの広大な森の下に鉱脈が眠っている。
確かにおいそれと採掘はできない。
少しでも噂になれば、あっという間に飢えた狼の如く、貴族達が舌舐めずりをしながらやって来るだろう。
彼らなりの大義名分を掲げて……。
やはり、採掘は秘密裏に進めた方が良いな。
当面の資金作りは正攻法と俺のポーションで行くべきだ。
まずはこの地に、確固たる領地を……。
「んーっ、気持ちいーっ!」
「癒やされるわねぇ……」
クロネが両手を上に伸ばしながら言った。
その後ろでリターナも深呼吸している。
「空気が澄んでいる、何か健康になりそうだ」
「ふふ、そうね」
「てか森なんだから、もうちょっと肌を隠さないと虫に刺されるわよ?」
「大丈夫、虫除けの魔法使ってるから。ふふ」
「ぐ……、卑怯な」
リターナは得意げに長い黒髪を後ろに払った。
「まあまあ、二人とも……」
他愛も無い話を続けながら、俺達は屋敷のところまでやって来た。
今度は鉄の柵を乗り越えることなく、正面から堂々と敷地内へ入った。
「ふわぁ~、こうして見ると立派な屋敷ねぇ~」
「ああ、デザインも悪くない」
「いいじゃない」
屋敷は石造りで屋根の角にはガーゴイルの石像が飾られていた。
大きな玄関には、ギルモアさんと三人のメイドの女性が立ってこちらを見ていた。
「ようこそ、お待ちしておりました。ご案内致します」
ギルモアさんは爽やかな笑みを浮かべ、屋敷の中へ俺達を招き入れた。
「いやぁ~、やっぱりこの屋敷は良いですねぇ、何より置かれている物のセンスが抜群です」
俺は壁に掛けられた油絵を見ながら言った。
「すべて、リスロンさまのお選びになった物でございます」
「リスロンさんが……へぇ~」
俺は感心して頷いた。
二階の一室に入ると、リスロンさんが席を立ち、
「おお、よく来たな。さあ、座ってくれ」と小さな手をソファに向けた。
「ありがとうございます」
「どうもー」
ふかふかのソファに腰を下ろすと、先ほど玄関に居たメイドが軽食と紅茶を運んで来た。
「どうせ朝はまだだろう? 遠慮せず食べてくれ」
「やったぁーっ! ありがとリスロンさん!」
「すみません、ありがとうございます! 実はペコペコで……あはは」
「おや? そちらのお嬢さんは初めましてかな……?」
リスロンさんがリターナを見た後、俺に目を向けた。
「紹介が遅れました、僕の大切な仲間のリターナです。ドレイクとの戦いで彼女がいなければ、私もクロネもここにいなかったでしょう」
「ほほ、それはそれは、ならば私にとっても恩人というわけだな。はは、リスロン・ダイトだ。リターナ、よろしくな」
「こちらこそ、リスロンさん。よろしくお願いいたします」
リターナが礼を取ると、リスロンさんが、
「ささ、まずは腹ごしらえだ。遠慮せず食ってくれ」と両手を広げた。
「ありがとうございます!」
「私これ!」
「じゃあ、私はこれね……」
俺達はテーブルに置かれた肉を挟んだパンを手に取り齧りついた。
「ん⁉ こ、これ、ベヒーモス?」
「そうだよ、この味! てか、めちゃうま……」
クロネの耳がピンと立っている。
「あら……素敵」
「そう、君たちがギルドに卸したベヒーモスの肉を、少し買わせて貰ったのさ。どうだ、旨いか?」
「うん! 最高ー!」
「このパンとも良く合ってて美味しいです!」
「いくらでも入りそうですね」
リスロンさんは、そうかそうかと満足そうに微笑むと、ほっぺからどんぐりを取り出してポリポリと囓った。
「どうだね、この屋敷は?」
「ええ、とても素敵です。屋敷内の調度品などはリスロンさんがお選びになったとか?」
「そうだよ、私は昔から
「洒落てるわー」
クロネが紅茶を片手に、室内を見回しながら言った。
「ありがとう。ところで、アレをどう使うかは考えたかね?」
リスロンさんの言うアレとは鉱脈筋の事だろう。
俺は少し緊張気味に、自分の考えを話した。
「アレに関しては、当面の間現状維持で行きたいと思ってます。まずは、この土地に、おいそれと手出しできないような領地を築くことが先決かと」
「ふむ、その理屈はわかるな……」
リスロンさんは片手で顎を撫でながら、もぐもぐと口を動かしている。
「よろしいでしょうか――」
リターナが口を挟んだ。
「どうしたんだ?」
「私もひとつ意見を述べさせていただきたいのですが?」
「もちろん、何でも言ってくれ」
「では、お言葉に甘えて。領地のことを考えるのであれば、今は何よりもレグルス皇国にて、皇帝陛下のお墨付きを頂くことが第一。次に街を機能させること。そして、冒険者を集めること」
「冒険者を?」
どういうことだろう?
鉱脈筋の事はリターナにも伝えてある。
彼女も事実が公にならないよう気を付けなければと言っていた。
冒険者なんか集めたら、それこそ誰かが気付くかも知れないのに。
「全てを自前でやるのは貴族のやり方。権力を持たない側の人間には、それなりのやり方があります」
リターナの言葉に、リスロンさんはニヤッと笑い、
「ほぉ……面白い。聞こう」と言った。
「この森にはダンジョンもありますし、魔物も出ます。今はそれぞれの冒険者達が、思い思いの場所に探索へ向かっている状態ですが、これを纏めてしまうのです」
「ちょ、どういうこと?」
「ミスリルの鉱脈、その一つを解放します」
「え⁉」
「な、なんと⁉」
「大丈夫なの?」
皆が驚きの声を上げる中、リターナは淡々と話を進めた。
「解放と言っても、誰でもどうぞとはなりません。きちんと採掘場を整備し、採掘に関してのルールを定めます。ライセンス式でも良いでしょう。冒険者達が掘り出したミスリルは我らで買い取るのです」
「……それで?」
リスロンさんの顔から笑みが消えた。
「すぐにミスリルを求める冒険者や商人で森は溢れ返るでしょう。道具を貸し出す店が建ち、採掘権の売買も始まる。人夫貸しや、採掘場を乗っ取ろうとする輩も来るかも知れませんね」
「そ、そんなの俺達だけじゃ抑えられないよ……」
俺の言葉に、リターナが「まぁ」と可笑しそうに手で口元を隠した。
「クラインはわかっていないのです、クロネちゃんの強さも、ご自分の強さも……。剣鬼ウィリアムドレイクが、たった一人でメンブラーナの民に睨みを利かせていたのですよ?」
「そ、それは……」
「はは、ウチのギルモアも相当やるぞ?」
リスロンさんまで、楽しそうに乗ってきた。
「都市の本質とは、見知らぬ者同士の交流や交易の場がその土地に根付くこと。普通のやり方では、お爺さんになってしまいますよ?」
リターナが微笑む。
「ミスリルという餌を置くことで、人を集めるのか……」
「でも、そんなことしたら貴族が来るんじゃないの?」
クロネの質問に、俺もそうだと頷く。
「ですので、レグルス皇国が第一と」
リターナは優雅な所作で、紅茶に口を付けた。
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