第28話 戦いの後

 最初に視界に入ったのは、ダマスク柄の天井だった。

 次に白い清潔なシーツ、大きなベッド。

 ベッド脇に置かれた美術品のような水差し、高価そうな椅子。


 いったい、ここはどこだ……?


 起き上がり、胸を押さえた。


「傷が無い……」


 身体を調べてみても、特に異常は見られなかった。


 助かったのか……?


 俺は自分の手の平を見つめた。

 ドレイクの呆気に取られたような顔が蘇る。


 ――あれも、ポーションマスターの力。


 触れるだけで相手の血液をポーションに変えた。


 人を救う事も、命を奪うことも、まるで息を吐くように。


 この力の使い方を間違えれば……、いずれ俺は、取り返しの付かない過ちを犯してしまうかも知れない。


 気を抜くと、恐ろしい妄想が次々と浮かんでくる。

 駄目だ、この力のことは……、今は考えないでおこう。


 ベッドから下りると、柔らかな絨毯が足に触れる。

 調度品や装飾を見る限り、かなり高価な物ばかりだった。


 どこかの貴族の屋敷か、それとも……。

 その時、ドアが開いた。


 ――クロネ⁉


「クライン!」


 クロネが飛び込んできた。

 俺の胸に顔を埋め、擦りつけてくる。


「馬鹿! 何で逃げなかったのよ!」

「はは、ごめん……」


 そっとクロネを抱きしめた。

 あぁ、この柔らかい太陽のような匂い。

 また、この手にクロネを抱ける日が来るなんてな……。


「オホン! あー、そろそろいいかね?」


 咳払いに顔を上げると、シバが立っていた。


「あ! シ、シバさん……どうしてここに?」

「私達、シバに助けられたんだってさ」

「え?」


「あー、まぁ、結果的にはそうなるが、俺は助けを呼んだだけだ」


 シバは気まずそうに頬を指で掻いた。


「ともかく、ひとまず説明をしたい。広間に来てもらえるか?」

「あ、はい」


 *


 広間にはリターナを始め、リズビットさんやゴンゾさん、そしてバロウズさんもいた。

 皆、俺の顔を見ると、駆け寄ってきて心配そうに声を掛けてくれた。


「大丈夫だったのか?」

「怪我は?」

「よくぞやってくれたわい!」


「あはは……ど、どうも」


 シバが皆に両手を向け、

「まぁまぁ、皆さん、一度に言われても困るだけだ、席に着いてくれ」と促した。


 皆が席に着いた。

 俺もクロネの隣に腰を下ろすと、シバさんが咳払いをする。


「えー、知っての通り、剣鬼ウィリアム・ドレイクが、ここにいるクラインの手によって倒された。現場にいたグレイ坊ちゃんからは、話し合いの場を設ける約束を取り付けてある。そこで話し合いの場には、クラインにも同席してもらおうと思うのだが、どうだろうか?」


「え? 俺が……?」


「うむ、当然だろう、クラインがドレイクを倒さねば無かった話だ」

 バロウズさんが大袈裟に頷いた。


「クライン、来てもらえるな?」

「え、あぁ、はい。よろこんで」


 皆が拍手で賛同する。

 何だかまだ上の空だけど、少しずつ頭がクリアになっていく。


 そうだ、これからだ。

 俺には、まだ、やらなければならないことが山ほどあるのだから……。


 一通り話が終わった後、

「ふぉふぉ、ワシの眼に狂いは無かったようだ。期待しとるぞ、クライン。良かったら、しばらく、ここの部屋を使ってくれても構わんからな」と、バロウズさんが優しく微笑んだ。


「ここは、バロウズさんのお宅でしたか。いやぁ、目が覚めたら、とてもセンスの良いお部屋で驚きました」

「はは、世辞はいい。それよりも、クライン……頼むぞ?」

 バロウズさんは意味ありげに片眉を上げた。


「はい、任せてください」


 その時、後ろからリターナが声を掛けてきた。

「クライン、ちょっといいかしら」

「あ、うん。バロウズさん、また後で……」

「ああ、ではな。家は好きに使うと良い」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」


 バロウズさんは小さく頷き、シバさん達と部屋を後にした。


「リターナ、あの時……君の声が聞こえた。助けてくれたんだね、ありがとう」

「ええ、でも私は、無理矢理ポーションを飲ませただけよ。命を取り留めたのは、シバさんが連れてきた高レベルの回復術士ヒーラーのお蔭……」


「そうか……、でも、ありがとう、助けてくれて」


 俺とリターナが見つめ合っていると、

「私も死にかけてたらしくて、ヤバかったね~、ははは!」

 横から入って来たクロネが、あっけらかんと笑った。


 ほんとに何というか……大物だな。


「ったく、俺は本当に死んだかと思ったよ」

「ま、まぁ……、助かったってことで」

 クロネが眉を下げながら苦笑いを浮かべた。


「ところで、クライン、領主との話し合いのことだけど――」

 隣でクスクスと笑っていたリターナが、真剣な表情に変わる。


「何か情報が?」

「実は……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る