第15話 森の屋敷

「ん……」

「おぉ、気付いたか! わかるか? クロネ?」


「ん、わかる」

 大きな天蓋付きのベッドの中で、クロネは小さく頷いた。


「良かった。うん、熱も引いたみたいだな」

「私……どのくらい寝てた?」

「丸二日くらいかな」

「そ、そんなに⁉」


 驚いた声を上げ、ガバッと上半身を起こした。


「まぁ、あれだけの力を使ったんだ、仕方ないさ。というか、これだけの代償で済んで良かったよ……」

「……そうね、確かにあの力は……凄かったわ」

 クロネは自分の両手を見つめている。


「ねぇ、あれは何てポーションなの? あんな効果があるポーションなんて聞いたことがないけど?」

「……あれは『神の滴』っていうレアポーションだ」

「何それ? からかってるの?」

「いやいや、違うよ、本当なんだって」


 神の滴は、超古代文明に現れた一人の天才シャーマンの手によって創られた。

 その絶大な効果により秘薬とされ、限られた者だけが飲める、特別なポーションだった。

 製造法は口伝だが、その文明は既に滅んでいる。


 現代で神の滴を創れるのは、恐らくポーションマスターである俺、ただ一人。

 ポーションマスターの職能から得た知識がなければ、その存在さえも知ることは無かったはずだ。


「あれは……身体の芯から、マグマみたいに……こう、次から次へと力が溢れ出てきたの。もう、どんな相手が来ても勝てると思った」

「……それ、実は、クロネが凄いってことなんだけどね」


「どういうこと?」

「あのポーションは時間制限付きで、使用者の潜在能力+αを引き出す力があるんだよ」


「潜在能力……」

「そう、例えば、俺が神の滴を飲んでも大した変化は起こらない。なぜなら、俺はもうレベルキャップに到達してるから――」


 悲しいがそれが事実だ。

 例え神の御業に等しい力を持つレアポーションを持ってしても、レベルキャップの理を曲げることはできない。


「じゃあ、修行を積めば……、あの領域に手が届くってこと⁉」

「元々のクロネの潜在能力だから、不可能ではないと思う。ただ、あのポーションが、一体、どこまで能力を引き出しているのかはわからない。もしかすると、まだまだ余裕があるのかも知れないし、あれが限界なのかも知れない」

「そっか……。んー、正直、あのレベルが普通になるなんて想像できないけど……、もし、そんなことがあったら、クラインを守ってあげるね、へへへ」

 クロネは俺を真っ直ぐに見て笑った。


 *


 クロネもすっかり元気を取り戻したので、俺は屋敷の台所を借りて朝食を作った。

 といっても、ベヒーモスの肉を焼いて、パンで挟んだだけの手抜き飯である。


 しかし、これがまた恐ろしく美味であった。


「むふぅーーーー! 何このお肉⁉」

 クロネの鼻の穴が大きく膨らむ。


「確かに、これはむちゃくちゃ美味い……」


 俺も小さい頃から高級食材を口にしてきたが、これほどの肉は初めて食べたな。

 解体に丸一日掛かったが、この味を堪能できると思えば安いものだ。


「ねぇ、クライン」

「ん?」


「ここどこ?」

 クロネがベヒーモスパンを頬張りながら、部屋の中を見回す。


「俺にも良くわからない。多分、どこかの金持ちが所有する別荘ってところかな」

「ふーん、なかなか洒落てるわね」


「ああ、それは俺も思った。持ち主のセンスが良かったんだろう」

「いいなぁ、私もこういう所に住んでみたかったなぁ~」


「……そうだな、それもいいかも」

「へ?」


「いや、ほら、拠点の話をしただろ? ここなら街にもすぐに行けるし、敷地も広くて何にでも使えそうだ」

「そりゃそうだけど……いくら掛かるか想像も付かないわ」

 ため息交じりにクロネが肩をすくめた。


「なぁ、クロネ。俺は君を信用してる」

「ど、どうしたの急に⁉」


 動揺するクロネの瞳をまっすぐに見つめた。

 大丈夫、クロネに裏切られたら……、それはもう誰のせいでもない、俺のせいだ。

 だから、全てを知ってもらう。

 

 その上で、俺に力を――。


「なぁ、クロネ。……リンデルハイムって知ってるか?」

「え? そんなの誰でも知ってるわよ、四大貴族家じゃない」


「実は……、俺は四大貴族家のリンデルハイム家に生まれたんだ。はは、まあ……、成人の儀でレベルキャップが発現して、父に追放されたんだがな……」

 苦笑交じりに言うと、

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」クロネが席を立ち、俺に手の平を向けた。


「クラインがリンデルハイム? それ、何の冗談? 笑えないんだけど?」

「冗談を言ったつもりはないよ、本当のことだ。信じなくてもいい、でも聞いて欲しい」


「わ……わかった」

 クロネは椅子に座り直した。


「追放された俺は、冒険者の真似事をして暮らしていた。それからしばらくして……、クロネも知ってのとおり、ポーション奴隷として契約することになったんだ」

「そういえば、クラインって、何で奴隷拘束契約なんかしたの?」


「それは、本当に恥ずかしいんだけど……、何も知らなくてさ、騙されたんだよ、良い仕事があるからって」

「はぁ……、なるほどね。まあ、よく聞く話ではあるけど」


「そういうクロネはどうなんだ? なんで奴隷に?」

「私は、その……。あー、わかった、正直に言う! 実は……賭けに負けたのよ」

 恥ずかしそうに、ボソッと呟くように言った。


「賭け?」

 奴隷契約を賭けるって……どういう状況?


「まあその賭けの相手は実の父親なんだけどさ……あははは」

「い⁉ ち、父親? どういうことなんだ?」


「そのぉ……前にもいったと思うけど、ウチの家は格闘家系でさー、ぶっちゃけ強さが全てなわけ。で、父親と喧嘩になって負けたら、『お前みてぇな弱っちい奴は、一年奴隷になって出直して来い!』って言われちゃって、つい、頭にきて『やってやんよクソ親父!』みたいなノリに……あはは」


 な、なんてくだらない理由なんだ……。

 親子喧嘩で娘を奴隷に突き落とすなんて、どんなスパルタだよ!?


「ま、まあ、そういう家っていうか、一生奴隷する契約じゃなかったし、その、色々と変わってるから、あはは……」


 照れくさそうに頭を掻くクロネ。

 クロネからすると奴隷も罰ゲームノリなのか……。


「ていうか、クラインの方が信じられないよ、四大貴族なんて……わけわかんないもん」

「はは、だよなぁ。今となっては、俺もそう思うよ。でも、リンデルハイムの名はもう捨てたんだ。だから、ただのクラインなのさ。それに……、ポーション奴隷になったからこそ、手に入れたものがある」

「手に入れたもの?」


「そう、この力、ポーションマスターの職能クラスだよ」


 俺はテーブルに置いてあったグラスを握る。

 水は瞬間的に、薄青いポーションに変化した。


「ポーションマスターって、そんな職能あったけ……?」

 クロネは俺の創ったポーションを触りながら、何かを思い出すような仕草を見せた。


「特殊な職能らしい、天の声がそう言っていた。この職能の凄いところは、どんな高位ポーションでも簡単に作れてしまうところだ。ちなみにそれはエクスポーションだ」

「へぇ、便利ね……えっ⁉」

 驚いたクロネが瓶を落としそうになる。


「な? 凄いだろ?」

「ちょ……それって」


「そう、ポーションを売れば金はいくらでも稼げる。まあ、実際には需要と供給のバランスもあるだろうし、下手に大量に売ると値が崩れたり、商人達を敵に回してしまうかも知れないけどね」

「ちょっと! それなら、いっそのこと商人になっちゃえばいいんじゃない?」

 クロネが身を乗り出す。


「いや、クロネ……、俺にはどうしても欲しいものがある」

「欲しいもの?」


「最初は……復讐も考えた。でも、それよりも……、俺はこの力で、自分の領地を手に入れようと思う。そして、俺を追放した父を、兄達を越える。そのためにクロネ、君の力を貸して欲しいんだ」


 ぽかんと口を開けていたクロネが、突然プッと吹きだした。


「あははは!」

「な、なんだよ、笑うことないだろ?」


「だって……、ははは。そんな改まって聞かなくても、協力するに決まってんじゃん!」

 クロネは目尻の涙を拭った。


「やっぱ、クライン、あんたと居ると面白いわ! うん、リンデルハイムよりも、どーんと、大きな領地を手に入れましょう! お父さんを後悔させてやるのよ!」と、拳を握りながら席を立った。

「さ、そうと決まれば出発よ!」


「ちょ、どこに?」

「まずは、フィガロさんの依頼を片付けなきゃね」

 そう言って、クロネは黒い外套を纏った。

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