黒兎と日常

埴輪モナカ

序章 旅と神様

初めて旅に出ようと思った。旅といっても日帰りの旅行といった方が正しいだろう。

でも、その日は俺にとって大きな変化になる日なのだ。

 近くにあった鉄道の路線を制覇しようと思って、その日は朝早くから電車に揺られていた。今の俺にはユッタリかつ急速に流れえていくこの景色が、心地よい日の光を浴びて暖かく見えた。そうは言っても今は春、心がどれだけ温度を変えようと夏みたいに暑いのに変わりはない。

電車は山の中へと走っていく。人がたくさんは来ないような山の中へと。そんな中、自分は山の中に在る、とある神社に向かっていた。

中学に入ってからは外にも出歩くようになった。それでも一人でゲーセンやカラオケに行ったりするだけだったのだが。

朝日を浴びるのがここまで穏やかな気持ちになるなんて知らなかった。

楽しみだな、金時神社


時と電車は進み。目的の駅までついたが、改札がない。カードで来たのでどうしたものかと考えていたが。帰りの時に近くの駅で降りるとしよう。

兎に角、金時神社を近くの地図で確認するとそこそこな距離はあった、けだるい思いはしながらもカメラを構えて歩いていく。

少し歩くと歩道橋があった、別にそれ自体を気にしているわけではない。ただ、そこから見た景色が驚くほどきれいに思えた。たったそれだけのことだ。山の斜面にきれいに作られた街を、まるで異世界のように感じただけである。

 まだ朝方ということもあってか、あまり人は見えなかった。いや、人や車はちらほら見えてはいたがだんだんと見えなくなっていった。道もだんだんと険しくなってはいたが坂が辛いだけの事である。直線距離で800メートル位進んだところで、山の上から富士山が頭を出しているのを見て、少し安心して、少し元気にもなれた。

 神社についたが、少しだけ子供とその親らしき人たちがいた。その人たちに目もくれず、神社に向かう。見ると子供の成長よりかは、子孫繁栄恋愛成就の事が書いてあった。そして俺はいつも通りに五円玉を投げ入れ、願う。(今まで、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。)と、ほかの人から見たら何を言ってるんだと言われても仕方ないような事だが、俺はこれでいいと思っている。なんとなく理由はない。

 しばらく時間があったので大回りで駅に戻ることにした。途中に神社が二つ、きっと、調べたら楽しいのだろう。お昼時だったが腹は減っていなかったので、また金時神社に向かってる最中、黒い色のウサギが出てきた。

兎はそんなに嫌いじゃない、というか人並みには好きである。でも、違和感があった。よく見ると全身が淡く光っている。俺、実はお腹減ってたりするのかな。しかしその間、兎はじっと俺の方を見ていた、まるでこちらを観察するかのように。

ウサギが唐突に強く光った。


光が収まったことを感じてからさっきの兎を見ると。

そこには裸の人がいた。呆然とする俺を置いていくように兎だったであろう人は、話を進める。

「お主、先は何故縁のないわしの神社に『ありがとう』などと申した。」

呆然とはしていたがなぜか、恐れは感じなかった。口調と内容から神様なのはわかったので敬語で。

「何となくです。どんな神様でも、まったく関係ないわけではないでしょう。だから、俺はどの神社に行くときも、感謝と、見守っていてほしいと願うだけです。」

目の前で奇妙なことが重なって起きていたものだから、一周回って落ち着いているな自分。

神様は不思議そうな顔をしながら聞いていた。

「ではもし、祭られているのが災厄をもたらした魔物であったら。」

「その時も同じようにします。感謝して喜ぶ魔物は、少ないでしょう?」

途中から自分でも何を言っているのかわからなかったが、神様は少し考えてから納得したように

「よし、お前ならこの体を任せる事が出来るだろう。信じているぞ。こやつを幸せにするのじゃ」

「はい?」

素で答えてしまった。

「だから、この体の持ち主を幸せにするのじゃ。わかったな。」

「なんで、俺なんですか。」

自分よりいい人なんてたくさんいるだろうし。

「構わん、こやつと私は似たような性格をしておる。こやつも次第にお前を認めるだろう。それに、できなかったらそれは私の責任だ。気負うことなく幸せにする努力をせい。」

「唐突ですし。無茶ぶりすぎません?」

「神とはそういうものじゃ、気分屋もおるのじゃよ。というわけだから、頑張ってくれ。それじゃの」

そう言って、気を失ったように倒れた。

勿論、倒れる寸前で支えたけども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る