猫は九つの生を渡る

砂上楼閣

第1話

わがはいは猫である。


今は生まれたて故に名前はない。


前回の生ではミケと呼ばれていた。


人の子に拾われ日がな一日、縁側の日当たりの良い場所で寝ていたのを覚えている。


つい先ほど七度目の生を受けたばかりだ。


◇◇◇


猫としての生も6回も生きれば人を知る。


考える頭とこれまでの経験があればゆったりと生きるのも良いと考える余裕ができるというものだ。


1回目はとにかく生きるのに必死で余裕はなかったのは覚えている。


知識も知恵もなく、経験もこれから積んでいくとなれば暗闇を手探りで進むようなものだった。


2回目、3回目の時なんぞ変にかぶいて人にも鳥にも荒ぶったものだ


いやはや恥ずかしい限りだ。


4回目ともなれば他の猫とも言葉を交わしてどこか遠くへ旅に出る。


海の広さに恐れ慄いたのもいい思い出だな。


さすがの今でも泳ごうとは思わんがね。


5回6回と続けはもうそれは生を楽しむというより時に身をまかせるというものよ。


縁側の日当たり具合こそが至高。


◇◇◇


猫には九つの魂が宿ると言われているが、正確には九つの生を経て、化生へとなっていくというのが正確なところだ。


わがはいも先達に話を聞いだけだから詳しくは知らん。


とりあえず今生を全うすれば来世には尾が増えるそうなので、少しばかし楽しみではある。


しかし何度生まれ変わろうと色や模様は変わらない。


不思議なものだ。


「み〜」


ところで母よ。


早く乳を飲ませてはもらえないだろうか?


◇◇◇


何度生きようと、生まれたては皆弱い。


食べなければ飢えて、弱り、死ぬ。


それは大人でも変わらない。


しかし仔猫というやつは生まれてしばらくは手足が覚束ないどころか満足に目も耳も働かぬ。


母の助けがなければ何回繰り返していようとも呆気なく死んでしまう。


ほら落ち着け母よ。


その落ち着きのなさはなんだ。


大丈夫。


幼き兄弟たちの中にも慣れたものはいる。


だから安心して母としての務めを果たすといい。


どっしり構えよ。


◇◇◇


今生に産声を上げてからしばらく経った。


まだ満足に狩りもできぬが、歩き回ることはできるようになった。


どうやらここは人の家らしい。


そして今日はその家から別の家へと移動する日。


ようは貰われていくのだ、我輩は。


「うちのミナトも動物が好きで」


「あら、それはよかったわ」


ふむ、どうやら貰われた先の家には人の子供がいるようだ。


その母親からホームズという名前を付けられた。


ふむ、その話はわがはいも知っておる。


◇◇◇


わがはいは猫である。


名前はホームズ。


今日もまた日がな一日縁側で眠る。


たまに小さな子供の相手をすることもあるが、基本暇だ。


さて、今日は何をしたものか。

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