童話【孤独なトレント】
砂上楼閣
第1話
ある深い深い森の中。
誰もやって来ないような森の奥。
そこに一体のトレントが生まれました。
小さくて細い、苗木の姿をしたトレントです。
生まれたばかりのトレントはお腹を空かせていました。
トレントは頑張って土から栄養を吸います。
生まれたばかりの苗木なので、あまり多くは吸えません。
それでも苗木のトレントはお腹が一杯になるまで栄養を根から吸いました。
◇◇◇
栄養をたっぷり吸った苗木のトレント。
満足したトレントは次に大きくなろうとしました。
小さいままだと動物に葉っぱを食べられたり、簡単に折られてしまうからです。
けれどうまくいきません。
苗木のトレントは上を見上げます。
まだ小さな苗木のトレントには、周りの大きな木のせいで日の光が当たらなかったからです。
栄養は土から根っこを通して吸うことができますが、大きくなるには日の光が必要です。
小さなトレントはどうしても日の光がほしくなりました。
周りには普通の木ばかりでトレントの仲間はいません。
小さなトレントは周りの土からどんどん栄養を吸いました。
◇◇◇
小さなトレントが栄養をどんどん吸い上げます。
すると近くに生えていた植物が枯れてしまいました。
周りの木々も段々と元気をなくして葉を散らします。
木漏日がトレントに当たるようになりました。
トレントは喜びました。
たくさんの栄養を吸って、日の光を浴びて、トレントはすくすくと育ちます。
◇◇◇
やがてトレントは若木になりました。
周りの木ほど大きくありませんが、もう簡単には折られたりしません。
若木のトレントは空を見上げました。
そこには太陽をさえぎるように周りの木々の枝があります。
日の光は当たりますが、もっと大きくなるにはこの枝が邪魔じゃまです。
若木のトレントは栄養をたくさん吸い上げました。
すると周りの木々は枯れてしまいました。
カラカラになった枝は重みに耐えきれず、どんどん折れてなくなってしまいました。
◇◇◇
空をさえぎる枝は無くなりました。
木漏れ日はしっかりとした日差しになりました。
トレントは大喜びです。
たくさんの栄養と日差しを受けて、トレントはどんどん成長します。
あっという間に周りの木々と同じくらい立派な木になりました。
トレントは辺りを見渡します。
近くにあった植物や木々は枯れてぽっかりと広場のようです。
周りには仲間はおろか普通の草木すらありません。
◇◇◇
ぽっかり空いた広場に、一本のトレントが生えていました。
辺りの草木は遠巻きにトレントを囲んでいるだけです。
枝の届く範囲には草一本生えていません。
不意に冷たい風が吹き抜けていきました。
トレントは寂しくなりました。
森の木々は寄り添いあい、草木に囲まれています。
トレントの周りにあるのは枯れた落ち葉と枝だけです。
トレントは一番近くの木に枝を伸ばそうとしました。
たくさんの栄養を吸って、枝を伸ばします。
しかし栄養を吸い取られたことで、近くにあった木は枯れてしまいました。
◇◇◇
たくさんの栄養と日の光を浴びたトレントの枝が届く頃には、近くの木は枯れ果てていました。
そして枯れ木はトレントの枝が届く前には倒れてしまいます。
トレントは悲しくなりました。
寂しくて、悲しくて。
もっと離れた木々に枝を伸ばそうとしました。
枝を伸ばすためにはもっともっと、たくさんの栄養が必要です。
トレントは必死に栄養を吸い上げました。
◇◇◇
たくさんの栄養といっぱいの日の光を浴びました。
トレントはいつの間にか周りの木よりも大きくなっていました。
何人も両手を広げて繋げて、そうしないと一周できないくらい大きくて太くなりました。
トレントは森一番の大樹に成長していました。
もう見上げても何もありません。
トレントを囲むように離れて生えている木々を見下ろします。
どこまでも高く、広く伸びた枝は、しかし他の木々に届くことはありませんでした。
トレントが大きくなるほどに、周りの木々は栄養を取られて枯れていってしまったからです。
◇◇◇
トレントは独り泣きます。
独りは嫌です。
大きくなったトレントはもう寒さにも何も感じません。
ですが寂しくて、悲しくて、独りが嫌で、トレントは泣きます。
トレントはさらに枝を伸ばしました。
寂しさを感じるほどに木々は枯れ、悲しむほどに遠ざかり、いつの間にか森は姿を消しました。
残されたのは天に届かんばかりに大きくなったトレントだけ。
天辺の枝は雲より高く、周りに広がる枝は森があった場所全てを覆います。
◇◇◇
たった一本だけになったトレントは、今もまだ枝を伸ばし続けています。
今はもう、なぜ自分が枝を伸ばし続けているのかも忘れて。
トレントはもう泣きません。
しかしどこまでもどこまでも、枝を伸ばすことだけはやめませんでした。
おわり
童話【孤独なトレント】 砂上楼閣 @sagamirokaku
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