緊急事態宣言の夜に、僕は君に会いにいく
七瀬夏扉@ななせなつひ
第1話 世界は、とても混乱している。
世界は、とても混乱している。
僕も混乱している。
大人たちも混乱している。
学校は始まらない。
家の外には出てはいけないと言われている。
テレビの中では、大人たちがいつも喧嘩をしている。
海の向こうでは、たくさんの人たちが死んでいる。
僕の国でも、たくさんの人が苦しんでいる。
だけど、僕にできることは何もない。
僕は、とても混乱している。
僕にできることといえば、ひとりぼっちの部屋で宿題をやったり、NetflixやAmazonプライムでアニメや映画を見たり、スマホでソーシャルゲームをやったりして時間が過ぎるのをただ待つことだけ。
本当なら、僕は四月から中学一年生になっているはずだった。
今頃は新しい友達ができたり、新しいクラブ活動に入ったり――
新しい何かが始まっているはずだったんだ。
だけど、その日は訪れなかった。
僕たちには卒業式も入学式もなかった。ただ曖昧に小学校の卒業と、中学校への入学が行われただけ。それらは他人事のように、ただただ淡々と行われてしまった。まるでベルトコンベアーにのせられた部品みたいに。
僕は、自分が今どの場所にいるのかもよく分からなくなった。自分が小学六年生のままなのか、中学一年生になれたのかも分からなくなりそうだった。変わったことといえばランドセルを背負わなくなったことくらい。僕は、自分が大人に一歩近づいたようにはまるで思えなかった。
だって、僕はひとりぼっちの部屋に閉じこもっていることしかできないのだから。
家の外――世界には、外国からやってきたウィルスや病気が広がっていて、とても危険らしい。ウィルスは目に見えないので、それが本当に危険なのかどうか、僕には分からない。
僕たちは触れ合ったり、語り合ったり、笑い合ったりできず、常に適切な距離を保たなければならないと、繰り返し教えられた。ソーシャルディスタンスというもので、僕たちは2メートル以上離れなければいけないらしい。
それじゃあ握手もできないし、同じ部屋で遊ぶこともできない。ジャンケンやトランプもできない。サッカーや野球だって無理だ。パス練習やキャッチボールくらいならできると思うけど、誰も外に出ようとはしないから、やっぱりそれもできない。一人のランニングですら、とても危険らしい。
小学校を卒業した僕たちは、途端に顔を合わせなくなり――バラバラになってしまった。それまで毎日のように顔を合わせていたのに、急に見ず知らずの他人に戻ってしまったみたいに。
家に閉じこもるようになってからしばらくは、スマホで連絡を取り合っていた友達が数人はいたけれど、僕たちは直ぐに連絡を取らなくなってしまった。僕は友達が多いほうではなかったので、今では誰とも連絡を取っていない。
それに僕は、自分から誰かに連絡をするのは得意じゃない。
そんな日々が続いた――
令和2年4月7日。
緊急事態宣言が出た。
テレビの向こうで、総理大臣がそう宣言をした。
緊急事態宣言なんて、アニメの中だけの話だと思っていた。
巨大な怪獣が出たり、
隕石が落ちてきたり、
宇宙人が襲来したり、
ロボットが発進する時にだけ発表される、
架空の出来事だと思っていた。
だけどテレビの中の総理大臣は、僕たちに向かってはっきりと緊急事態宣言を発表した。
僕は、とても混乱をした。
世界が終わってしまうのではないかと思った。
とても不安で、
とても怖かった。
なのに、僕の家には誰もいない。
お父さんは、ウィルスのせいでしばらく家に帰ってこられない。
お母さんは、とても大切な仕事で夜遅くまで働かなければいけない。
だから、家の中には僕一人しかいない。
もう一か月も、そんな生活を続けいる。
僕は、自分が透明な存在になってしまったような気がした。
誰からも忘れ去られて、僕の知っている世界からも切り離されて、どんどん自分が透明になっていくような気がした。僕の世界は少しずつ閉じていってしまい、このひとりぼっちの部屋から永遠に抜け出せないような気がした。
そんなことを考えてしまうと、僕は底抜けに落ち込んだ。
世界の終わりのような気がした。
だから、僕はとても混乱している。
その混乱を引きずったまま、抱え込んだまま、日々を過ごしている。
相変わらず、お父さんは帰ってこない。顔も見せてくれない。お母さんは夜遅くに帰ってきて、僕が朝起きる頃には仕事に行ってしまう。最近は帰ってくる時間がどんどん遅くなって、顔を合わせない日だってある。
僕はひとりぼっちの部屋で何の役に立つかも分からない宿題をやり、今は面白いとは全く思えないアニメや漫画を見て、ゲームをプレイする。ただ暇を潰すためだけに。
アニメは同じものを繰り返し何度も見た。今じゃ登場人物の台詞になんの感情もわかない。体力を消費するためだけにログインするゲームにも、もう何の楽しみも感じない。同じシーンを繰り返し見たり、体力をゼロにするためだけにゲームをプレイするたび、僕は時間を無駄にしているような気がした。
僕はアニメやゲームが嫌いになりそうだった。
僕は、どんどん透明になっている。
そして、とても混乱をしている。
そんな時――
支倉さんからメッセージが届いた。
固く閉ざされていたドアを、
ゆっくりと叩くような音が聞こえたんだ。
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