6.5 竜の力

 もう覚悟を決めるしかありません。

 できるかどうかなど迷っている場合ではないのです。

 事態は一刻を争います。


 私も宣言します。

 

「……私もやってみます」


 おお、とエルさんが期待をこめてこちらを見てくれます。

 

 ……といってもどうしていいかわかりません。


 一点集中……スプーン曲げみたいなかんじでしょうか。


 とりあえず立ち上がり、何も持ってはいませんがスプーン曲げをするときの指の形を作り、親指の先を一心に見つめます。


 微妙に暖かい物がお腹からせりあがってくる感覚。

 あれ、なんだか悪くないかんじです。手応えがあります。


 なにか力の塊のようなものをおなかの奥に感じます。

 その力が、ゆるゆると指先に集まってきます。


 これはいける。


 ベルちゃんを少しでも上回らなければ敗北確定です。なんとしてでもあれより、できればぶっちぎれるような力を示したい。


 もっと。もっと。

 大逆転の力を私に!


「おいちょっと待て。長井、もうそれぐらいで十分だろ」


 巻くんちょっと黙ってて。集中してるんだから。


「あの、わたくし少々はばかりに……」


 エルさんに密着していたベルちゃんがあわてて席をたちます。そんなに猛ダッシュするぐらいトイレ我慢していたんですか。


「……! ……!」


 エルさんが床に座り込んで後ずさっています。

 折角竜の力を披露しようというのですから、もう少しわくわくしたかんじで見ていて欲しいです。

 そこのイケメン、くるしゅうない。もそっとちこうよれ。


「よし」


 ……。


 あれ、力は集まったと思うのですが。これどうすればいいのでしょう。

 鉄のように固い空気の塊、みたいなものが右手の上に漂っています。

 とりあえず手を動かしてみましょう。


「えい」


 ひょいと手をふったところ、うまいこといきました。


 ……うまいこといきすぎました。


 ふったとたんに部屋全体が真っ白になり、室内の空気の密度が一気にあがって息苦しくなります。


 その次の瞬間には私たちの家が粉々にふっとびます。天井も落ちてきません。こなごなになって、おそらくは今はるか上空をさまよっています。


 そして振った先の地面は土で作った雨樋のようにえぐれ、はるか遠方の山がぼこっとへこんでから数秒後、どーん、という激しい衝撃音が帰ってきました。


 ……やった!


 ずっとベルちゃんを相手に劣勢でしたがこれで大逆転です。


 ベルちゃんやったよ。エルさんは渡さないよっ!


 にっこりとエルさんを見つめます。


 ふふん、あまりの美技に言葉も出ないようです。ついに手に入れられるであろう勝利の予感に、ほほがゆるみます。


 は!


 これだから私はだめなのです。ここで油断してはいけません。とどめをささなければ。


 あれです、ベルちゃんがやっていたのを私もやってやりましょう。わざとらしくエルさんにくっつくやつ。


 ベルちゃんとは胸に戦闘力の差があるとはいえ、そもそも殿方は女性のボディータッチに弱いと聞いたことがあります。エルさんは今床に腰をついてこちらを向いている状態。すぐにダッシュして飛び込めば避けきるのは難しいはずです。


 今なら正面からいけます。ベルちゃんのようなけったいな代物はついていなくても、正面からの乙女ダイブ。さすがにこれなら喜んでもらえることでしょう。まさに千載一遇の機会。


 エルさんがあとずさってしまったため、距離が若干あるのが難点ですが、全速力でエルさんにつっこみます。


 よし、間合いに入った。


 あとは思い切り胸に飛び込んで勝利確定。


 あれやってほしいです。ほら、なんかこうお姫様が王子様の胸に飛び込んで、抱きとめた王子様がそのまま2、3回くるくるとまわって最後しっかりと抱きしめるやつつ。


 私を受け止めて! エルさん! じゃーぁんぷ!


 私が着地する前になんとか立ち上がるエルさん。

 きっちり抱き留めてくれました!

 

 そのまま半回転くるっとまわって、私を放り投げました。

 

 床にひっくり返る私。


 ……違います、私がして欲しかったのはうっちゃりではありません。


 そして。

 

 エルさんがものすごい顔をして私を見ています。

 おいイケメン、その顔はだめだ。ちょっと傷つく。


 それでもすぐに立ち上がり、エルさんを追いかけようとします。ですが、そのエルさんは一目散に山を駆け下りて逃げていくのです。


 えー……。

 なんで……。


「よくやった長井!」


 希望と違う方からお褒めの言葉を頂きました。


「巻くん……。全然よくないよ。エルさん逃げちゃったんだけど」

「おまえ、やっぱり大将首まで取るつもりだったのか。さすがにそれはやりすぎだ。恨みを残す」

 

 相変わらず巻くんは変なやつです。会話がかみ合いません。

 

「とにかく。ルーフェの陣が総崩れだ。今ならここを出られるぞ」


「何言ってるの。私はルーフェの村でエルさんと添い遂げるの」

「おまえこそ何言ってるんだ。いいからすぐに支度をしろ」

 

「ベルちゃん手伝って! エルさん捕まえなきゃ!」

「ナガイ様……。もう何をしても無駄です。諦めて山を降りましょう」


「何言ってるの! エルさん諦めるの?」

「ナガイ様こそ何言ってるんですか。はぁ……。もう完全におしまいですよ。今ごろエルさんは捕まったら殺されると思って必死に逃げてますよ」


「なんでー!」

「いや、なんでってなんでですか……」


 ベルちゃんは怒ったような困ったような顔をしてひどいことをつぶやきます。


「ナガイ様とマキ様ってたまに、似ているときありますよね……」


 エルさんを取り逃したことは謝ります。

 

 けど。


 巻くんと一緒にするのはさすがにひどいよ、ベルちゃん。

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