悲劇の先にはキミが居た

一澄けい

0日目 アイツが死んだ日の話

テレビの無機質な声が、聞き慣れたクラスメイトの名前を吐き出したような気がして、僕は思わず、テレビの画面に目を向けた。画面に映っていたのは、事件の現場でしか見ることのないような、立ち入り禁止を示す黄色いテープと、忙しなく動く警察の姿だ。はて、どうして、こんな事件の報道でクラスメイトの名前が呼ばれたのか。答えはすぐに、目の前の機械が教えてくれた。


どうやら、クラスメイトの少女は、何者かによって殺害されたらしい。

死体はゴミ捨て場で発見され、犯人は不明らしい、とのことも。


ふうん、そうか。アイツ、殺されたのか。

冷静に取り繕おうとして、だけどうまく取り繕うこともできなくて、僕は持っていたグラスを取り落した。飲みさしだった麦茶が床に広がる。ちょっと、何やってるの。そんな母さんの声が遠くでしたような気がしたが、そんな声に応える余裕もないまま、僕はバタバタと自室に向かった。ちゃんと片づけしなさい、そんな声は無視して、その声を遮るように、自室のドアを大きな音を立てて、バタンと閉めた。はあ、と大きく息を吐く。

アイツが死んだ?そんな馬鹿な。そんな馬鹿なことがあってたまるかよ。

だって、アイツは、アイツは―!


今日だって、僕の前の席に座って、能天気にへらへら笑ってたんだ。

わけのわからない、なにが面白いのかも分からない、そんな話を僕相手に、一生懸命話してたんだ。正直、僕以外のクラスメイトにその話をしてやった方が、面白いリアクションを返してくれるんじゃないかと思ったし、それとなく、いやむしろ直球に伝えたりもしたが、アイツは「キミに話したかったんだよ」って言って聞かなかったんだっけ。

それから、昼飯を一緒に食った。母さんの作るちょっと焦げた卵焼きを「おいしそう」って言うアイツの口に、卵焼きを突っ込んでやったな。いっつも購買のパンばっか食ってるから、弁当が嫌いなんだろうか、と思ってたが、そうじゃなかったんだな、と意外に思ったんだ。

それから……なにがあったんだろうか。如何せん、アイツと僕は、ただのクラスメイトであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。たかがひと月ほど教室を共にして、たまに話しかけてくるアイツに対して、気まぐれに返事をしてやっていただけ。たったそれだそれだけの関係だ。アイツについて知ってることなんて、名前と、それからクラス委員に推薦されるような「優等生」であるということだけ。たったそれっぽっちのはずだ。

それなのに。それなのに、どうして。

この胸を満たす、形のない、言葉にできない喪失感は、いったい何だっていうのか。

「クソッ……」

蟠りを発散するように、拳を床に叩きつけた、その時だ。


「もう、一ノ瀬さん!そんなこわーい顔して、床叩いちゃだめだよぉ!」

「……は?」


上から降ってきたその声に、僕は思わず呆けたような声を出した。ここは自室で、間違いなく、僕以外の誰もいない筈で、いやそもそも、なんで、どうして。


?


声のした方向―すなわち自分の頭の上の方だ―に目を向ける。

「……はぁぁ!?」

そして今度は、驚愕に満ちた声を上げた。


僕の頭上では、生前と変わらない笑顔で、だけど確かに変わり果ててしまった、死んだはずのクラスメイト―市井波音いちいはのんが、ふわふわと頼りなさげに、宙を漂っていた。


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