源泉の正体
水紘
1話完結
数年前のある冬。
私は仕事で心身共に疲弊していた。
そこへ冬の寒さも加わり、気持ちは塞ぎ込み身体はこわばり、何をする気にもなれないでいた。
休日といえば、家で身体を休める為だけのものになっていた。
とある休日、朝から新聞をめくっていた私は、ある温泉宿の広告を目にした。
全国的にも有名な温泉地から、少し離れた所にある宿のものだった。
客足が遠のいているのか、2泊3日の湯治プランが、かなりの安値で紹介されていた。
『ねぇ、たまには温泉に泊まりに行く?』
近くにいた母に問いかけると、
『いいよ』
即答だった。
私はすぐさま電話で予約を入れた。
その温泉宿がある周囲は、数十年前から時が止まっているような雰囲気で、コンビニやスーパーがひとつもなく、あるのは商店街風の外からは営業しているのかさえ分からない、客の姿の見えない店ばかりだった。
温泉宿も昔は繁盛したであろう雰囲気を感じるが、今は建物は廃れて活気もなく、宿の中は薄暗く、働く従業員も年季の入った方が多かった。
部屋は普通の和室の部屋だった。源泉は硫黄泉で、部屋の目の前に源泉が流れていた。少し休んでから夕食前に一度温泉に入ろうということで、2人で温泉に浸かってから部屋に戻った。夕食まではまだ時間があある。
『少し外でも散歩してくる?』
母に提案すると、
『そうだね』
二人で散歩をすることになった。
温泉街の外には外灯もなく、他の客の歩く姿もなく、夕暮れと重なってより物悲しい雰囲気を漂わせていた。
『何もないね〜』
『そうだね〜』
そんなことを2人で言いながら歩いていると、
『ワンワンワンワン!!』
と、突然犬に吠えられた。
『うわっ!!』
犬の存在に全く気づいていなかった私達は突然吠えられたことに驚いて声をあげた。幸い、犬は繋がれており、飛びかかってくることはなかった。
『びっくりしたね〜』
『だね〜』
驚いたことに疲れ、宿に戻ることにした。
部屋に入ってしばらくすると、なんとなく部屋が匂った。
『なんか部屋が匂うね』と母に聞くと、やはり母も匂うとのことだった。
とりあえず夕食の時間だったので、夕食会場で席につき、2人で食事を取り始めた。しばらくすると母の後ろの席で食事をしていた年配の女性2人組に話しかけられた。母は後ろを振り向きながら、しばらく会話を弾ませていた。
食事を済ませ、女声2人組とも分かれて部屋に戻った。しばらく寛いでいると、先ほど感じた不快な匂いがまた漂ってきた。
私は母に、
『ねぇ、やっぱりなんか部屋の中臭いよね』と言った。すると母も、
『だよね。なんかさっきから少し変な匂いがするよね』とのことだった。
私は少し部屋の中を歩き回り匂いの元を探した。母も歩き回っていた。しかし原因を特定することはできなかった。その匂いは時々強く感じることがあった。
『部屋を変えてもらおうか』そう言ってフロントへ電話をし、事情を話した。
しばらくすると、中年のフロントマンが部屋へやってきた。フロントマンが部屋の中に入り、私達が訴えた匂いを確認するかのように、鼻をヒクヒクさせた。すると、
『あぁきました。これ源泉ですね』と言った。
なるほど、ここは硫黄泉で部屋のちょうど目の前に源泉がある。この不快な匂いの原因は、腐った卵の臭いにも例えられる硫黄泉の匂いということだった。
私と母は納得した。それなら部屋を変わったところで同じだ。私達は同じ部屋で過ごすことにした。
原因が分かると先ほどまで不快と感じていた匂いも気にならなくなっていた。
私達は部屋でまったりと過ごしていた。
『ちょっと!!』
トイレから出てきた母が慌てて言った。
『どうしたの?』と私。
『うん◯を漏らしてた』
『え?』
話を聞くと、どうやら先ほど散歩をしていて、急に犬に吠えられ驚いた時に出てしまったのではないかということだった。
そう、この部屋で感じた異臭の原因は、母が漏らしたうん◯の匂いだったのだ。そういえば母が近くに来た時に匂いを強く感じていた。
部屋に呼び出されたフロントマン。母のうん◯の匂いを嗅がせられた挙句、異臭のクレームを付けられた。そして、夕食時に母の後ろで食事をしながらお話した中年女声。母の背中に向かって話をしながら夕食を食べていた。どんなに臭かったことだろう。。。お金を払って泊まりにきた挙句、うん◯の匂いを嗅ぎながら食事をしなければならないなんて。。。せめて宝くじでも当たっていることを願わずにはいられなかった。
源泉の正体 水紘 @avoice
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