第8話 ナユタとアラタ

「〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉から『恩寵』を?」


 ベアー・サンジ・ドルザは聞き返した。少々、驚いた様子である。


「女神〈フォウセンヒメ〉はめったに『冒険者の泉』に出てこないらしいでやんす」

「そうなんですか。でも困ってるんです。

 この怪力では、ちょっと気を抜くとなんでも握りつぶしてしまうし……そうだ、アル・シエルナ自治領にはどうやって行けばよいか教えてくれないでしょうか?」

「どうやって行くも何も、もうこの辺りはアル・シエルナ自治領でやんすよ」

「あ、そうでしたか。その女神が自治領主の少年と一緒にいると聞いたのです」


 ベアーがここでナユタと出会ったことは偶然であったのか、それとも人智を超える何者かによって意図されたものであったのかは分からない。

 ベアー・サンジ・ドルザはその自治領主の少年、アラタ・アル・シエルナのことをよく知っている。

 女神、フォウセンヒメのことも知っているはずだが、とぼけているのだろうか。


「そういえば、親分と一緒にいる女神様がいたでやんすね」

「親分て?」

「ああ、あっしはアラタ親分の子分でやんす」


 ナユタは『?』という顔をした。それはそうであろう。目の前にいる山賊のような風体の男が12歳の少年を親分と呼んでいるのである。

 それとも、この辺りでは自治領主のことを親分と呼ぶのであろうか? ナユタは考えをめぐらせてみた。


「よく分からないですが、子分なんですね?」

「へえ、あっしはアラタ親分の子分でやんす」

「実は俺、そのアラタの従兄弟なんです」

「これは驚いたでやんすね。坊ちゃんがアラタ親分の従兄弟だったとは! しかし、よく見ると顔も親分によく似ているでやんす」


 ちなみにナユタもアラタも犬顔をしている。



***



 夕方になり暗くなってきたので、アラタは冒険者ギルドのあちこちにある『魔導ランプ』に火を灯していった。

 ごく普通に魔導を使える者であれば、いっぺんに火を灯すことができるのであるが、アラタは基本的に魔導が得意ではない。そのため一つ一つに火を灯して回っているのである。

 しかし、この『魔導ランプ』、灯す者によって火の色合いが異なるのである。アラタが灯す『魔導ランプ』の火は、人を心地よくするなんとも言えない色合いをしていた。

 その心地よさを求めて、この冒険者ギルドの食堂に夕食を食べに来る冒険者も多く、賑わっている。


 ところで、女の子に振られたらしいマルコ・デル・デソートは、まだゾンダーク教に対する怨みの言葉をはいていて、禍々しいオーラを放っていた。


 アラタが一通り『魔導ランプ』に火を灯すと、ちょうどベアーとナユタが冒険者ギルドに入ってきた。

 マルコがいたテーブルはマルコが火を灯したため、その『魔導ランプ』だけやたら禍々しい色合いをしている。


「なんでやんすか? この禍々しい『魔導ランプ』の灯りは」

「それが、マルコ先輩、リリさんに振られたらしいのです」

「俺は振られてない! ゾンダーク教が悪いんだ!」

「マルコ先輩、今日はずっとこんな調子なんです」


 アラタはそう言って、マルコが灯した火を消して『魔導ランプ』を灯し直した。

 辺りに心地よい光が広がった。

 ところで、そちらの方は? とアラタはナユタを見て聞いた。彼らは従兄弟であるが、今日が初対面なのである。

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