第5話 恩寵と剣聖

 アラタの所へ行ってみようと思うとナユタは言った。


「ただ、一つ問題があるわ」

「問題?」

「どうやって国境を抜けるかってことよ」


 今、彼らがいるのはダルシア法王国の国境近くの町である。シエルクーン魔導王国との間には大きな河が流れている。

 無論、河に橋はかかっている。橋の真ん中には国境検問所があり許可証のある者しか通さない。

 ナユタのような野生児は泳いで渡ると言い出しかねないが、国境には強力な魔導結界がはられている。よほどの魔導士でもない限りその結界を抜けることはできない。


「王女様なら、国境検問所もフリーパスじゃないのか?」

「そんなことあるわけないでしょ」


 それはそうであろう。王女の身で、特に正式な用もなく隣国に立ち入るわけにもいかないだろう。

 それに、ダルシア法王国とシエルクーン魔導王国は表向きは友好国として振る舞っているが、実情はやや難しい関係にある。

 宗教的な対立があるのである。


 この辺りの国や地域は、基本的に〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉という神を信仰している。豊穣の神である。

 蛇足であるが、ダルシア法王国の古文書には、彼女は豊穣の神でもあるが異界の神を『赤い光』で焼き殺したという記述もある。

 〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉は、その豊穣の神の娘とされている。


 同じ神を信仰してはいるものの宗派が異なるため、この二国は自分達こそが正統なる信徒であると考え互いに譲らないのである。


「方法が無いわけじゃないの。

 実はこの国境にはいくつかの亜空間が存在しているの。

 そこを通って向こうの国に行くことはできる。

 ダルシア法王国王族のみが知っている亜空間もあるわ」

「じゃあ、その亜空間とやらを通してくれ」

「どうしようかしら?」


 どうしようかしら? と言われ、ナユタは悩んだ。そもそも的にこの女は本当に王女なのか? という疑問もあるにはあるのだが。


「どうしようかしら? と言われても困るのだ。俺にできることなら何でもするぞ。特に得意なことは何も無いが」

「私にとは言わないわ」

「?」


 ダルシア法王国王女・サクラ・リイン・ダルシアは、このとき既に何かを予感していたのかもしれない。


「誓って欲しいの」

「何を誓えば良いのだ?」

「ダルシア法王国に忠誠を誓って欲しいの」

「誓う。誓う。なんぼでも誓うぞ。ナユタ・エルリカ・アルはダルシア法王国に忠誠を誓うぞ」


 サクラは本当にいいのね? と念を押した。ナユタはもちろんと答えた。

 数日後、サクラとナユタとドラゴはその亜空間にいた。

 その空間は真っ暗闇であった。


 ――暗闇に一筋の光が見えた瞬間。

 亜空間を抜けた。

 そこはシエルクーン魔導王国の上空であった。空である。〔飛空術〕のできないナユタは悲鳴を上げながら落下していく。


「ちょっとあなた〔飛空術〕もできないの?」

「まったく何もできない奴だ」


 ドラゴは仕方ない奴だという顔をしながら、【白魔導・飛】をナユタにかけた。

 ナユタはゆっくりと地上に着地した。

 まったく何もできない奴だとドラゴは言うが、〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉はなぜ彼に恩寵を与えたのだろうか?

 神が無意味に何者かに力を与えたりはしない。


 剣聖とは剣を舞いのように操る者を言う。主神〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉が認めた者のみ〈剣聖〉を名乗ることができる。


 ナユタ・エルリカ・アルは後の〈剣聖〉である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る