第二章 修道院病院

第8話 熊のような男と剣聖

「『蒼き死の病』か。ここ数十年発生していないと聞くが......しかし、俺は黒魔導士、残念ながら病いについては役に立てそうもない」


 マルコはいかにも残念そうに呟いた。

 その気持ち、アラタはよくわかる。(マルコ先輩......面倒事には巻き込まれたくないですものね。病気怖いですし。ああ、僕も受付係で良かった)などと思っていたのである。


 しかし、ブシン・ルナ・フォウセンヒメはマルコのそのセリフに関心したようであった。


「(おお、その誰かの役に立ちたいという気持ち、なんと美しいことか!)」

「いえいえ、俺も冒険者のはしくれ、当然のことですよ」

「(マルコ・デル・デソートよ、残念がることはない!)」


 そう言って女神様はマルコに近寄ると、その額に口づけをした。


「(マルコ・デル・デソート、我、ブシン・ルナ・フォウセンヒメはそなたに【神の祝福】を与えた。これで白魔導のレベルが上がりやすくなるだろう。研鑽するが良い!)」

「?」


 マルコ先輩は何をされたのか分からないという顔をしてアラタに聞いた。


「アラタ君、俺は今、何をされたのでしょうか?」

「あ、あの、女神様に額にキスされたみたいですけど......」

「キス? それはつまり俺の額に女神様の唇が触れたということかな?」


 マルコ先輩の顔は真っ赤になって、頭から湯気が出ていた。「く、苦節16年、俺にも春が来たということか!」とか先輩は呟いたが、アラタは、先輩それたぶん春じゃないですと思った。


「アラタ君、俺はがぜんやる気が出きたよ。ベアー殿、アラタ君のことは放っておいてゾンダーク教の修道院病院とやらに行ってみようではありませんか」

「そうでやすか。じゃあ親分申し訳ないでやすが、この坊ちゃんと修道院病院まで行ってみるでやんすね」


 そう言って二人は出かけてしまった。

 しかし、マルコ先輩大丈夫でしょうか......女神様は「戦いに出る冒険者の顔はいつも美しい」とか言ってるし......アラタはマルコのことを少し心配した。



***



 この貧民窟の町はところ狭しと貧しい者の家々が並んでいる。いたるところから人々の喧騒が聞こえてくる。

 マルコとベアーがその喧騒の中、道を歩いていくと前から一歩ごとに杖に結びつけられた鈴をリンと鳴らして進む一行がやってきた。ゾンダーク教の僧侶たちである。


 僧侶たちは、マルコとベアーへ貧民窟の人間を蔑む目つきを向けた。ゾンダーク教の僧侶は、宗教者ではあったが聖人とは言えなさそうである。

 二人は道の端に寄り僧侶たちの横を通りすぎた。通り過ぎざまに僧侶の一人に「お気を付け下さいませ」と言われ、ベアーは「ありがとう」と頭を下げた。

 僧侶に頭を下げるのは、この町あたりの風習である。ベアーは、僧侶たちが通り過ぎると聞こえないように「イケ好かねぇ連中でやんす」と言った。


「ところで、ベアー殿はなぜアラタのことを親分などと呼ぶのですか?」

「マルコ坊ちゃん、あっしの目は節穴ではないでやんすよ。坊ちゃんが思うように、親分は今のところまだそれほど強えってわけでもねえっすね......」

「じゃあ、なぜ......」


 熊のような男、ベアー・サンジ・ドルザはふと昔を懐かしむような顔をした。


「いえねその昔、剣聖と呼ばれる男と一戦を交えたことがあるでやんす」

「剣聖?」

「まるで弱っちい男にしか見えなかったでやんすよ。あの男はあっしの間合いに剣を構えもせずに入ってきたでやんす......」

「剣聖? 親方のことか?」


 ベアーは答えず、話を続ける。


「あっしはね、躊躇なくあの男の首を斬ったでやんす。斬ったつもりでやんしたよ......ところがあっしの剣は剣聖の首をそのまま通り過ぎたでやんす」

「......」

「何が起きたか分からなかったでやんすよ。気づいたときには、あっしは十メートル以上は吹っ飛ばされてやした。あの男は剣を鞘から抜きもしなかったでやんす。あっしは鞘で腹をぶっ叩かれただけで吹っ飛ばされやした」


 一瞬で怖くなったでやんすよ。もし剣を抜いていたら、あっしの腹は真っ二つになっていたでやしょう。あっしは恥も外聞も忘れ命乞いしたでやんす。

 ベアー・サンジ・ドルザはそう述懐した。


「剣聖とはそれ程までの力を持つものかと思いやしたねえ。いえ、空気がね。纏っている空気がよく似ているでやんすよ。親分は、その剣聖殿に」


 ベアーの言う剣聖とは養成所の親方のことであろう。マルコは親方とアラタを比べて、似てるかなあ? そりゃあまあ、親方はつきっきりでアラタの指導をしていたから、似てるかもしれないけれど、と思った。


 マルコ・デル・デソートは、今のところアラタのことを特段なんとも思っていない。

 以前にも言ったが、未来は確定はしていない。

 ただ、大いなる歴史なるものが、アラタが自分の王国を建国する時間軸へと進んでいくならば、後にマルコはアラタ王国の建国に大きな寄与をする魔導士となる。


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