魔導王国物語

森野うぐいす

第一部 アラタ・アル・シエルナの物語

第一章 冒険者の泉

第1話 僕はいつか王になる

 ずっとずっと小さな頃から彼は王様になりたいと思っていた。

 彼は自分が王になり、この国を良くしたいと考えていたのである。


 王様になりたいなどというのは、少年にとっては壮大な夢であろうけれども、この少年にはそんな夢を抱くだけの理由があった。

 彼の父親が王であるからだ。

 そして、王は狂人であった。


 未来というものは確定されたものではない。しかしながら、おそらくこの少年の夢は叶い彼はいつか王となるのだろう。


 彼の母親は正規の王妃ではない。側室でもない。特殊な家系に生まれた娘であったが、市井しせいの女である。

 つまりは、この少年は王が庶民に生ませた子供であった。

 母親は少年が生まれて間もなく死んだ。王が差し向けた兵士に殺されたのである。


 奇異なことかもしれないが、王は女は殺したが子は殺さなかった。

 とはいえ、この王がこの子供を認知するわけもなく、それゆえ少年はこの国の貧民窟と呼ばれる地域で育った。


 彼が12歳になったとき、彼は街の小さな冒険者ギルドで受付の仕事をすることになった。

 12歳で働き出すというのは、この貧民窟では特に珍しいことでもなくごく普通のことであった。


 ただ、普通でない事柄がひとつあった。

 それは、『女神様なるかた』が彼についてきているということである。

 ちょっと、何を言っているのか分からないかもしれないが、もう一度言うとが彼についてきているのである。



***



 今日はこの少年が冒険者ギルドで働く最初の日であった。

 女神は彼に話しかけた。


「(お前、俺のことまたて思っただろ?)」


 女神は自身のことを俺という。が、女神である。


「ああもう、仕事中なんです。話しかけてこないでください。しかも自分のこと俺とかいうのやめた方がいいと思いますよ......いちおう女神様なんだし」

「(いちおうではない! 俺は女神だ!)」


 女神であることは確かである。

 彼女は『水のはごろも』という服を着用している。『水のはごろも』は少年曰くスケスケの服である。

 スケスケの服であるがゆえ、少年は彼女が確かに女性の体をしているということを知っている。


 ところで、彼が生まれ育った貧民窟と呼ばれているこの地域は柄の悪い人間が多いのだ。

 今まさに図体のでかい荒くれ者のような男が少年のいる受付へと歩いてきた。


「おい坊主、なに一人でぶつぶつ言ってるんだ? しかし何だ、男が受付やってるのか! 昨日までいたあの可愛い嬢ちゃんはどうしたんだ?」


 少年はその男を見て、少々うんざりした。

 それから、この女神様のことは見える人と見えない人がいる。たいていの人には見えないようなのだが......


「可愛い嬢ちゃん......ああ前任者の方のことですね。なんか急に辞めちゃったらしいんです」

「辞めた? お前がイジメたのか?」

「い、イジメませんよ。僕、この仕事今日からなので会ったこともないですし」

「しかし、受付ってぇのは可愛い嬢ちゃんの方がいいなぁ。まあいい、なんか仕事紹介しろ」


 少年はまごつきながら、男に質問した。


「ええと、冒険者様のランクはおいくつでしょうか?」

「ランク? 見りゃわかるだろ?」

「僕、見てもわからないんですけど......見るとわかるものなんですか?」

「坊主! お前はバカなのか? それとも俺様をおちょくっているのか?」


 その冒険者であるらしい男は、おちょくられたと思い怒っている。

 冒険者ランクの見方すら分からない者が受付をやっているとは思わなかったようだ。

 怒りで顔がどす黒くなってきている。短気な男だ。


 女神が男をちらりと見やる。

 彼女は「ああ」とため息のまじった声を出した。


 すると、この小さな冒険者ギルドの薄暗い部屋に神聖なる力が立ち込め、曇天の空が見える窓ガラスがカタカタと音を立てて揺れたかと思ったら、部屋の中だというのに、一瞬何かが光るとその冒険者に雷が落ちた。


 雷の一撃で男は黒焦げになって失神していた。大丈夫、死んではいない。


「はひ~~~~~~」


 少年は悲鳴を上げた。


「め、女神様? いま雷を落としましたか?」

「(落としてやったぜ!)」

「それ、落としちゃダメなやつです!」

「(なぜだ? お前が困っているようだから助けてやったまでだ)」


 少年はこれは前途多難だと思い、いま目の前で起きた出来事に眩暈めまいを起こし倒れてしまった。

 彼、この少年は、名をアラタ・アル・シエルナという。

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