「大人は怖い」
保育園に通っていた頃、家の中は園内よりも騒がしかった。
両親の怒声が毎晩飛び交っていた。
姉と二人で毎晩耳をふさいで泣いていたのを覚えている。
祖父母たちの部屋で泣き疲れて寝る。
これが我が家の日常だった。
子守歌も背中のポンポンも眠る前の読み聞かせも何にもなかった。
そんな優しい世界ではなかった。
地獄と呼んでもおかしくはない。
夜遅くまで喧嘩をしているのだろう。
7時に父が起きてくる。
父は眉間にしわを寄せむすっとした顔で朝ご飯を平らげる。
そのまま何も言わずに祖母の作った弁当だけを片手に家を出る。
後ろを追いかけていく私と姉の
「行ってらっしゃい」
の言葉を背にして何も言わずに家を出ていく。
丁度父が家を出たあたりで顔を真っ赤にした母が起きてくる。
むくんだ顔に泣きはらした目の母は私たちを睨みつける。
母は父に対しての怒りを私と姉にぶつけてきた。
「あんたなんか産むんじゃなかった」
「失敗作」
「死んじゃえ」
私たちは泣くことを許されなかった。
泣けば石のように固い拳が降ってくる。
泣けば鉄の棒のような足が飛んでくる。
泣けば猫のような鋭い爪で引っかかれる。
泣けば鬼のような掌で吹っ飛ばされる。
誉め言葉を与えてもらえるはずの口で傷つけられる。
頭を撫でてもらえるはずの掌で傷つけられる。
歩幅を合わせて歩いてくれるはずの足で傷つけられる。
笑顔を向けてくれるはずの顔で睨みつけられる。
外面だけはいい両親。
友達や近所の人や先生。
いろんな人にうらやましがられていた。
「いいなぁ。僕も美味しそうな海苔巻きを作ってくれるお母さんがよかったなぁ」
「お父さんもお母さんも仲良しねぇ。いつまでも仲がいいのは良いことなのよ。」
「お父さんは保育園の運動会とかの役員もしてくれる優しくて頼れるお父さんよね。先生もそんな人と結婚したいな。」
うらやましがられるほどのいい両親を持ったとは思えない。
喧嘩ばかりの我が家が心底嫌いだった。
毎日暴力に暴言で泣くことしかできない我が家。
そんな家にいるくらいならずっと保育園に居たかった。
でも、そんなことは叶わないことだった。
保育園の優しい先生。
保育園のたくさん笑わせてくれる友人。
みんな帰る場所がある。
あったかい家に帰って
あったかいご飯を食べて
あったかいお風呂に入って
あったかいお布団で寝て
そんなみんなが羨ましくも憎くもあった。
人生で初めて嫉妬をした瞬間だった。
我が家に「愛情」なんてものは存在しなかった。
我が家にあるのは暴力と暴言からなる
恐怖だけだった。
「大人は怖い」
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