異説

異説・あらぬ面影を夢と抱き

※暴力シーンあり

※過激な近親相姦・性的表現(♂×♂)あり










 世界の中心に訪れたのは四脚の青竜

 変わった肉体を持つ青年は群れで悩み

 在りし日に思い馳せ

 ある夜に母を失い

 幻追う父に、囚われ続けることを選んでいたと、すれば


 二十はいるだろう竜の群れが、ゆっくり、ゆっくりとどこかを目指して歩いていた。

 全身を暗い青色の鱗で覆う、荒れた大地を踏みしめ駆けるために発達した四本の脚が特徴である、竜と呼ばれている種族。さらに深い青色の鱗を持つ彼らのことを、一般には青竜と呼称されている。

 やがて陽は地平線へと姿を隠し、暗闇があたりを覆う。すると竜の群れの先頭にいた、ひときわ体格の大きい竜が足を止め、ここまでにしよう、と振り返って仲間に伝えた。

 すると各個、三、四のグループに固まって好きにくつろぎ始めた。親子らしいところもあれば、親しいらしい者どうし談笑したりする者もいる。先導していた竜は少しだけ群れから距離を取り、リクラ、と後方からのしのしと歩いてくる一個体を見つけて叫んだ。

 鞭のようにしなる尻尾をぶんと一度振ると、待ちきれないと言わんばかりに自ら歩を進めリクラを出迎えた。待たせたかな、とほほ笑む彼女の脇には、まだまだ幼いのだろう個体の姿が見える。先導していた個体が幼子に顔を近づけて、ふんふんと鼻を利かせる。

「エルディ、この子、ちゃんと大きくなってくれるか心配なんだけど、どう思う?」

 すると子はくりくりとした目をエルディに向け、じり、じりと距離を取ろうとする。だがそんなものお構いなしに、彼は追いかけて鼻先をこすりつけた。

「俺もこんなもんだったさ。大丈夫だ。大きくなるんだぞ、リエ」

 にっと牙を見せつけながら二人に微笑みかける、群れの中でも体格の優れているエルディは、不意に半分の視界を遮るものに動揺を見せる。なんだ、とぶんぶんと大きく首を振れば、小さな悲鳴と共に光が戻る。

何が起こったのかとそちらを見やれば、腹を見せてひっくり返っているリエが体を起こし、てけてけとリクラの前脚の陰に隠れてしまう。ともすれば、片目だけでじっとエルディの様子を窺い始める。

「ははははっ。おまえに似て、元気なもんだ。さぁ、今日は休もう」

不意打ちの正体に気づいたエルディは怒りなど欠片も見せない。リエと呼ばれた子竜が彼の側頭部に生える立派な角にぴょんと飛び掛かったのだ。

同様に笑みをたたえ、横になるリクラ。子ははてなとその顔を見上げてみるものの、元気のあり余るらしい体を伸ばし、小さな体躯で脇腹へと上り始める。ぐるりと辺りを見渡していたエルディは小さく頷くと、自身もまたリエを挟むようにしてくつろぎ始める。

 間もなく月が天に浮かび始める。運ばれてきた食料をそれぞれが口にし、リエはリクラの懐で眠ってします。親二人は適当な雑談をしながら夜更かしをして、じきに眠ってしまうのだった。


 今日も移動する青竜の群れ。その後方にてゆったりと歩いているリクラは、少し前を歩く我が子の名を呼んだ。隣の同年代の少年と話していた彼はちらりと振り返り、歩調を緩めた。

「なんだよ、母上。また父上に言うの?」

 ほぼ真横に並び、お願い、と頼まれ、仕方ないな、と目の前の群れを大きく迂回しつつ軽く走り始めた。

 やがて先頭にいるエルディのもとへとたどり着くと彼は、リクラか、と一言も子の言葉も聞かずに尋ねる。うん、と頷けば、すぐ後ろにいる他の者にスピードを下げるよう伝えた。

「そろそろリクラにも慣れてほしいもんだが、どうしたもんか……」

 長たる彼の大きな一歩に合わせようとする子は、それも伝えるの、と尋ねる。すると、

「これは俺とおまえの秘密だ。おまえは、母さんと一緒にいてやってくれ」

 と鼻先で触れ合う。わずかな間をおいて、うん、と踵を返し戻っていく我が子を視界の隅で追いながら、あいつも心配だな、と呟きつつスピードを下げた。それに倣い、後ろに続いていた青竜たちも合わせる。

 下がっていく我が子の体は、ひどく小さい。リエードとすれ違う同性の青竜は。すでに彼よりも体格が一回りは大きい。このくらいになると後頭部に男特有の角が生え始めてもいいころだが、角の先端どころか、生えてくるふくらみさえもない。

だが成長が止まっているわけではない。加えて比較的少ないものの、食欲旺盛なのはほかの子供と変わらない。

 角が生えてこないことに関して、どうして、どうしてと目を潤ませながら、リエードはよくエルディとリクラを困らせていた。最近は二人から距離を置き、仲のいいベルデなどと一緒に移動することが多くなった。ベルデの方が遅くに産まれたはずだが、その体躯はリエードの小ささを際立たせるばかりだ。

 やがて、また夜がやってくる。群れの進行に後れを取っているリクラのもとへ、エルディが駆け寄る。ごめんなさい、と視線を逸らす彼女に、怒ってはいない、と穏やかに返す。

「別に進行が遅れたってかまわないさ。目的地もないのにさ迷っているに等しいしな。ただ、それだけせっかちなやつも多い」

 エルディの群れは大地を転々とし、白の境界の内側を歩き回る。いつの代からそうしているかは不明だが、陽が上り、落ちかけるまでのしのしと移動し続ける。

 リクラのいた群れは毎日の移動は最低限に留め、必要なだけの狩りを行い、思うままに体を動かすなどをして日々を過ごしていた。ある日、偶然近くを通りかかったエルディの群れに興味を持ち、合流したのだ。

 そしてエルディが彼女にアプローチをしかけ、結ばれることとなった。しかし出身の差か、彼女の体力はいつまで経っても、この群れの者たちとは雲泥の差なのである。

「うん、ごめんなさい」

 よそ者であり、移動するという調和を乱す彼女に向けた陰口は少なくはない。エルディが何度も咎めるものの、そんなものの効果など知れたものである。

一方、夫婦から少し離れた所で配られた食事をベルデと楽しんでいるリエードは、体格のことはあるものの、すっかり群れに馴染んでいる。

「謝るな。大丈夫だ。おまえは悪くない」

 彼女は息子の様子を見てから、隣に座る彼によりかかる。狩人の調達した食事を分け合いながら、静かな夜を過ごした。


 のしのしと頭を揺らしながらすっかり逞しくなったベルデは言う。

「俺は、運搬にしようかなー。守護も狩人もしんどそうだし」

 気楽そうに笑う彼に、本当にそうかなー、と苦笑いを浮かべるリエード。

「あの荷物の量を見て楽って言える方がすごいと思うよ」

 相も変わらず体格の小さい、みてくれは女性そのままの彼の視線の先には、群れの端っこでよったよったと荷物を背中に積みながらも進行に追いついている猛者の姿がある。遺産に、常備薬に、携帯食料。魔結晶、水筒に骨董品。なぜ山積みの荷物が崩れないのかと首を傾げたくなるような彼の役割は間違いなく訓練以上にセンスの問われるものだろう。

「なんで一人に任せるんだろう」

 至極当然の疑問に、

「そもそも、なりたがるやつがいないんだとよ。力も体力もいるし、落とさず運ぶだけの訓練も必要。ものがどこにあるのかを覚える必要もある。なら守護で寝る時間が少ない方がマシっていうやつらが多いんだろ」

 それになるための知識を披露するベルデは、おまえはどうするよ、と問いかける。

「とはいってもこんな体だし。やれること、あるのかなぁ」

 群れ社会を維持するために、怠惰は許されない。それが長の愛息子だったとしても。

「んじゃぁ、いっそのこと新しい役職、作っちまうか? おまえでもできるようなさ」

 いたずらでも企もうとしているかのような深い笑みに、少しばかり思案した青年は大きく頷いて同意する。あれこれ、そうでもどうでもないと話している彼らを遠くで見つめるのは、一人でくつろぐリクラである。

 群れの外れでゆっくりとした時間が流れている。

 既に今日の移動を終えているというのに、エルディはというと、各役職の年長者たちと輪を成している。たまに行われる方針会議だ。群れの外れにいるリクラとは真反対で行われている。

 一人でリクラは尻尾を振る。

「ここに来たのは、間違いだった……?」

 長に見初められ、その者の子を産み、その成長を見守る。彼女のいた群れならば、それこそ喜ばしい出来事だ。我が子を守りながら育て、老いて、死ぬだけ。ほぼ同じ場所で、一生を過ごすものだと考えていたが、魔が差した。

 彼の率いる群れを目にして、ついていく、ことを選択した。

「考えすぎ……うん、そう。エルディも、リエもいるんだから……」

 呟きは自身以外には誰にも聞こえていない。リクラは渡された食料も拒否し、眠った。

 その日、エルディは長引く会議にのせいで彼女に寄り添うことは叶わなかった。


 どこだ、と重低音を響かせる男の青竜が目を剥きながら駆け回っていた。茂みを潰し、枝を曲げ、硬い鱗が傷つこうとも、剥がれようとも気にすることなく、森を縦横無尽に動き回る。

 ガサガサ、ザザザッ。

 自身のものではない、遠ざかる足音を耳にしてそちらへと突き進めば、立脚類の一人が背中を向けて走っていた。唾液を飛ばしながら牙剥く青竜はそれを容赦なく捕獲し、切り裂いた。中身を晒すこととなった立脚類は悲鳴を短く上げ絶命するのみだ。

 だが彼は、エルディは立ち止まらない。どこだ、どこだ、と繰り返し呟きながら、また彼は走り始める。


 月が没しようと傾いた頃、悲鳴は轟いた。

近くで聞こえたそれに何事かと目を覚ました青竜たち。くるくると首を回せば、異変はすぐに見つかる。形容しがたい音が聞こえてきたからだ。鱗を割り、肉を断ち、骨を砕く音。

 群れから少し離れた場所で一人、眠っていた青竜。それを取り囲むのは数人の立脚類だろう影たち。彼女の悲鳴のことなど気に留めず、視線が注がれていることも気にせず、急げ、急げとその身体に刃を突き立て、鱗を肉から剥ぎ取っていた。

 呆然とその姿を見つめる青竜たちの中で、初めに動いたのは長である。

咆哮が轟く。そして巨大な影が彼らに這いよった。

さすがに身の危険を感じたか、影たちは動かぬ竜をおいて、散っていった。

 長は影たちを追った。他の者たちは移動しよう、と亡骸が見えぬ場所まで離れた。すやすやと眠り続けていた子供たちは眠気眼のままふらふらと歩かされた。


 彼女の死に、群れは無頓着だった。話題にも上げようともせず、リエードもその姿が見えないことを不思議に思ったが、群れの外を探すことも咎められ、窮屈な世界で仲間と過ごすこととなる。

 それからエルディが群れに戻ってきたのは三回、陽が回ったころだった。

 足取り重く、全身すべてを赤く身体を汚していた。見つけた守護の一人に身を洗うように言われる程度には。

 水に鱗を濡らす長の帰還を受けて、また彼らは歩き始める。

「父上、その……」

 よそよそしい空気に、父に追いついた少年は尋ねようと見上げる。

「リエ、傍にいろ。絶対、守護よりも外に行くな」

 だが求める答えを得られることなく、のし、のしと単調な音を立てるのみだ。

長の中で、何かが狂い始めたことなど気づく由もなく。


 ある日の移動を終え、守護を除く皆が思い思いに眠っていたところ、ふと長が目を覚ます。目の前で丸くなっている仲間の姿に、

「リク……ラ?」

とはっきりしない意識の中で呟いた。

 がばりと首を起こした彼は開いていた口を結び、かぶりを一つ振る。もういないんだ、と呟く男の目の前には、彼と彼女の間に生まれた息子がいる。男だというのにも関わらず、しなやかな身体。生える気配のない角。

 そして、最近になって、彼は、彼女に似てきた。大人の青竜と同じくらいの年で、体格もそっくり、そのままになった。

「リクラ……」

 長はじっと彼を見つめた。

狩人の訓練に疲れ果て、熟睡してしまっている女の青竜。静かに腰を上げた男の青竜は足音を殺しながら歩を進める。

 一歩。冷たく閉じていた瞼が、規則正しい寝息と共に動いている。

 二歩。紅く汚れ、剥がされていた鱗には傷一つなく、わずかな月光を反射している。

 三歩。死の香りのした、その顎を引き寄せ、もう一度口にすれば、そこに惚れ込んだ微笑みが。

 エルディは目の前で丸くなっている彼女を、静かに見下ろす。その名を口にし、爪で頬にそっと触れる。ぴくりと震えた身体は瞼をゆっくりと開き、彼のことを見上げた。

「ん……父上?」

 リエードの呟きに、視線を逸らす。

「……悪い……起こしてしまった」

 うん、とそっとりな瞳は隠される。群れの真ん中で聞こえる寝息に聞き入りつつ、彼は再び横になる。

「……もう、いないんだ」


 ある村に青竜の群れがやってきて、本日の休息をとっていた。

そんな中、運搬見習いのベルデが指導を受けている隣で、リエードもまた教えを乞うている。荷の積み方や、持ちかける取引、最低限常備すべきもの。体格の都合上、難しいとは言われたがそれでも、と学ぼうとしていたのだった。

 健気な子を遠目に見ながら、エルディは桶に入れられた冷たい井戸水を口にしていた。村のうちにも外にも、守護も目を光らせているために危険はないだろう。

「なぁおっさん。あんた大丈夫か」

 冷たいのど越しを楽しんでいた最中、背後から声をかけるのは狩人の一人。男であることは間違いないが、脂肪の少ない細身の群れの一員だ。不愉快を露わにしながら喉を鳴らした彼に、続ける。

「……何が、とは言えねぇけど、あいつのことばっか見てんだろ。長なんだから、もっとしゃきっとしろってんだよ」

 そそくさと細身の彼は立ち去る。反論しなかった長は再び桶に鼻先を突っ込む。数秒の硬直の後、水を滴らせながら面を上げる。ぺろりと水滴を舐めとると、歩き出す。

「一度だけ……だ。」

 鋭い一対の視線が一人に注がれた。


 熱心に聞き入る彼に声をかけ、連れ出した長はついてくるように言う。どこにいくの。至極当然の問いに、大丈夫だ、と返す。なにがだよ、という言葉に答えることもせずに、途中、守護に行先を尋ねられるも、すぐ戻る、と返すのみだった。

 休憩前に通りがかった遺跡だ。村からも、群れからも、その巨体を隠せる石でできた壁がある。裏側に回り込み、太い尾で朽ちた調度品薙ぎ払うと、そこに来るよう彼に鼻先で示す。きょろきょろとあたりを見回している彼に、早くしろ、と促す。

 グルグルと喉を鳴らし、そこへ納まる我が子に、目元を綻ばせる。

「リエ、聞いてくれ」

 明らかな笑み。

「群れの奴らにも、言うな。誰にも」

 長もまた身を隠せば、子に寄り添う形となる。父上、と首を傾げる彼女の首に、その爪を食い込ませた。鱗、皮と貫き、血が軽く流れた。

「何も、言うな。おまえは従っていればいい」

 悲鳴も上げず頷く彼女から爪を抜き、舌で舐めとった。じっと見上げてくるその目に何が浮かんでいようが、関係なかった。唇に舌を丁寧に這わせ、しつこいくらいに匂いを嗅ぐ。

 彼の笑みが、より深くなる。

 彼女はされるがまま、腕をまわされる。

 優しく首筋を撫で、しつこく唇をこじあけようと舌をねじこむ。抵抗は初めのうちだけで、ゆるゆると口内を晒せば、待っていましたといわんばかりに食らいつく。牙の一つ一つを犯し、終いには逃げようとする舌を捉える。

 息巻く長に対し、びくりと身体を震わせる妻は、えずき、咳き込む。だが飛沫がかかろうとも、お構いなしに彼女を求め続ける。細い尻尾がぶんと振られ、長の後ろ脚の付け根をペシンとはたく。熱は冷めるどころか、さらに加熱していく。

 彼女の名が呼ばれる。応えはない。

 鞭のような太い尻尾が、もう一方を絡めとる。口を奪い、ぎゅうと腕で抱きしめ、しかし傷つけてしまわぬよう爪は立てない。

 何度も、何度も、夫は口づけを求めた。


 二十はいるだろう竜の群れが、ゆっくり、ゆっくりとどこかを目指して歩いていた。

 高かった陽は、やがて地平線へと姿を隠しかけ、夜の色が見え始めた。竜の群れの先頭にいた、ひときわ体格の大きい竜が足を止め、ここまでにしよう、と振り返って仲間に伝えた。

 すると各個、三、四のグループに固まって好きにくつろぎ始めた。親子らしいところもあれば、談笑したりする者もいる。先導していた竜は少しだけ群れから距離を取り、リエード、と後方からのしのしと歩いてくる一個体を見つけて叫んだ。

 鞭のようにしなる尻尾をぶんと一度振ると、父上、と答えた彼は影のさしていた表情を隠し、軽く微笑んで見せる。穏やかに向けられる視線に、リエードは足を止めた。だが距離を詰めてくる長は、そんなものに気づいていないかのように寄り添う。

「リエード、疲れていないか? 昨日、今日と、かなり歩いていたからな」

 否定する答えに、そうかそうか、と微笑む。鼻先をこすり合わせ、休息の時間を送る。

「ベルデはうまいもんだな。もう運搬としては、一人前だな」

 二人とは距離を置いて、高さの半分になった山が二つある。

「ほら、リエード。食え」

 狩人から渡された食料を半分にして長が渡せば、無言で子はすべて平らげる。

「もう寝るか。おやすみ」

 問いに一言も答えない子を咎めることもせず横になると、間もなく寝息が聞こえ始める。じっと足元に揺れる草を眺めているうちに、荷物を背負ったままの青竜がのっそのっそと近づき、声をかけた。

「リエード、どうしたんだ、最近。元気がないっつうか……」

 なんでもないよ。

「……おまえ、結局イトスのままなんだよな。なら、いっそのこと、どっか行っちまえよ」

 面を上げれば、真剣な眼差しが貫く。

 リエード・イトス。長の子の名。

 毎日を移動に費やす青竜。その中の男たちは、大人になると、群れを運営するため、守護や狩人といった役職を負う。そして、生を受けたときに与えられる二つの名のうち、二つ目を名乗らなくなるのが習わしである。

「遺産、好きなんだろ? 世界樹に行けば、いくらでもあるだろ」

 そうかもね。

「……ここにいる誰も、助けようとなんて、しないからな」

 群れには、群れの秩序がある。

 かつて、リクラという外部の青竜が移動についてこれず、秩序を乱した。一方で、群れの中でも最も強い者が長という役職を得る。すなわち、誰もが彼に挑んでもその座を覆すことは難しい。

遠ざかり、師のもとへ戻る彼は振り返ることなんてしなかった。再び俯くリエードは父に身を寄せて、眠り始める。


 また、夜中はやってくる。

 守護をのぞく皆が寝静まったことを知ってか知らずか、ゆっくりと瞼を開いた、群れの中で最も逞しい青竜。寄り添い眠る小さな身体を鼻先で突いてみると、びくりと、彼女もまた目覚めた。

 行くぞ。彼は起き上がる。

 彼女は黙って、かぶりをひとつ振り、うつむきながら草原に立つ。

 あそこにしよう、と示すさきにはうっそうと茂る深い森。

 先に歩み始める彼を、とぼとぼと、追いかける。

 行く手を阻む茂みが巨体にどかされ、できた道を小さな体躯が通り抜ける。一方、そんなものは障害にもならんと踏みつぶし、巨体は進む。先に通り抜けた彼女より再び前へと出て、奥へ、奥へと踏み込んでいく。

 やがて、ここにしよう、と彼は立ち止まる。かと思えば、目の前に広がっていた草花を踏みつぶし始めた。その後ろで立ち止まった青は、静かに彼の行いを眺めていた。

 草花特有の臭いがあたりに立ち込める。丈夫な枝を伸ばす茂みも折り、みな一様に潰し、あたりは平らになった。彼らが身を寄せても、なお余裕のある湿った絨毯ができあがった。

 リクラ。青竜の男は振り返り、彼女を呼んだ。

 エルディ。青竜の子はわずかに面を上げ、掠れた言葉を紡ぎ出す。

 リクラが絨毯の真ん中に歩を進める。身を寄せてくる彼女の背を、エルディは太い爪の備わる前脚で撫でた。そして頬を舐めあげると、ゆるゆると相手の口が開かれる。だが彼は遠慮などしない。牙の生える彼女の口内へと太い舌を侵入させると、舌を、口蓋へと這わせる。

 彼女の身体がびくりと震えた。だがじっと、うっとりと見つめてくる視線を見つめ返すのみだ。

 唾液が奪われ、注がれる。

 逃げようとも、捕まえられる。

 動かない身体、酔いに満ち昂る肉体。

 ようやく相手から舌を抜くと、彼女の名をまた口にする。新鮮な空気を肺に取り込もうと肩をわずかに上下させる彼女は震える。畏怖にも近い視線を彼へと向けるが、そこに映る相手は、微笑んでいた。

 短い悲鳴が上がる。エルディの尾がリクラの下に潜り込み、触れ合ったのだ。

まるで従うかのように尻尾が持ち上がると、素早く付け根に押し当てられたのは男である証。エルディの股の間の鱗の隙間から現れた、赤く、硬いそれは、根本を軸に揺れながら、何度か彼女の尻尾の裏側を突く。

 一度、二度、少し引いて、突く。鱗が肉棒を薄く傷つける。だが息巻き、三度、四度、と繰り返され、五度目、短い悲鳴が森に木霊した。

 リクラの中へと続く場所に、とくとくと脈打つそれの先端が捉えたのだ。

 エルディは無言で、動揺を見せる彼女を待った。軽く目を見開きながら、早まる呼吸。零れ落ちる一筋の涙を舐めとると、震えは収束していった。始めようか、と彼は尋ねると、回答を待つことも一瞬の間も、迷いもなく性器を侵入させようと押し込んでいく。

 秘所が、みちみちと広がっていく。雄がじわりじわりと飲み込まれていく。

 蝕まれる度に、呼吸が早まる。少しずつ挿入を深くしながら、不気味に微笑む。

 一番太い、半ばほどまで、彼らはつながった。

「なぁ、リクラ……子供が産まれたら、なんと名付けよう」

 ふとした問いに、目を丸くする彼女は、ぽかんと開いた口で息巻き続ける。

「おまえが名付けてくれないか? おまえの故郷では、どんな名前があるんだ?」

 優しい笑みを形作るまなこにいるのは、まぎれもない彼女自身だ。

 夜空の青を身にまとう、逞しさのかけらもない竜。角もなければ、相手を組み伏せるための太い腕と尾も、獲物の骨を砕くための強靭な顎もない。

 見開いた片目で固まるリクラに、じぃと、優しく見下ろすエルディは、どうした、と続けた。森の中の二人だけの空間に、沈黙。邪魔する者はいない、

「……先に済ませた方がいいな。明日も早い」

 長が、嬉しそうな笑みを浮かべる。同時に妻の背中に前脚を乗せて押さえつけ、そして、挿入が再び始まる。

 山場を越えれば、あとはなすがまま。掠れた喘ぎ声を鳴らしながら、あっという間に彼女は彼のモノを身に納めた。

 相手との密着に、ドクンドクンと心拍数が上がる。

 身体の中で、異物が体積を増し、規則正しく脈打つ。

 また、彼女の呼吸が整うまで、ちろりちろりと舌を唇に這わせながら、じっと待つ。

 なかなか治まらない心音に、絨毯に爪を立てながら、空気を体に取り込んでいく。

 落ち着きを取り戻したのを認め、動くぞ、とエルディは頬を寄せ、押さえつける。リクラは返事もせず、押し付けられる体重にそのまま従った。尾を上げ、後ろ脚を投げ出し、開かれた秘所をさらす。

 虚空を見つめ、小さな牙を晒して。

 舌を首筋に這わせながら、ぎらぎらと輝きを増していく目。

 引いては、突き。抜いては、抉り。粘液が分泌され、かき出され、なおも混ざっていく。

「はぁ……あぁ!」

 喘ぎ、絞りだされる言葉さえも味わうかのように、また彼は情けなく開かれた口内を舐めまわす。引っ込めたかと思えば、転がして飲む。だが飽くなき乾きが癒されることはない。


 グチュ、ヌチュ、ゴチュ、ズッ、ゴリ、グリ。

 どれほどの時間、不規則なリズムが森に響きわたったか。それは二人以外の誰にも届くことはなく、増すばかりの熱。

 息巻くエルディが、目を開くのもやっとらしいリクラの耳元に、鼻先を近づけ、いくぞ、とささやいた。くわりと牙を剥き首の鱗に、皮ごとぎりぎりと食らいつく。同時に膨れ上がった雄が開ききった雌の中へ突き進み、根本まで侵入を果たし、動きを止めた。

 静寂。

 ドクン、ドクンと逞しい青竜の性器がうごめく。無駄のない筋肉のついた両脚の間からそびえる醜悪な柱の根元から、挿入先である膣の中を通り抜け、ドロリ、ドロリと吐き出されていく。だがそこに、男の精液の目指す先はなく、いたずらに満たすばかりだ。

 やがて彼は彼女から口を離し、ぺろりと牙についた血を舐めとる。萎え始めた肉棒を引き抜くと、ぱたぱたと森の絨毯に白い斑点が描かれた。彼女は彼から解放され、浅い呼吸を繰り返しながら、赤と闇をたたえる秘所からどろりとした液体を流しながら絨毯にゆっくりと倒れた。

「そうだな……ニース、はどうだろう? 男でも、女でも似合うだろう」

 エルディは性器を絨毯で擦ろうが、おかまいなしにリクラの身体を肩でぐいと押す。下から持ち上げるように体重をかけると、彼女の肢体は抵抗も全くなく、ごろりと仰向けにされる。胸を上下させながら呼吸している彼女の下半身はべったりと汚れており、肺を膨らませる度に内へと続く道が露わになる。

 ただ、そこの少し上には、エルディのものより明らかに小さい雄が伸びていた。白みがかった夜色の鱗の隙間から、ピクピクとひくつきながら、天を目指している。

「ニース、いや、レーンもいいな。おまえはどう思う?」

 のそりと、巨体をくねらせながら、覆いかぶさる。

「リクラは、どんな名前がいいんだ?」

 張りの違う、大きさの同じ雄同士がぶつかる。

「……ニースたちを産んでくれ、リクラ」

 寸分の狂いなく、萎えかけの性器が肉をかき分けた。

 リクラが目を見開き、大きく口を開く。形を成さない悲鳴が上がり、小さな肉棒から白濁液を吐き出す。

 腹が汚れようとも、汚されようとも長は気にしない。身体を密着させ、根本まで差し込み、ドクン、ドクンと充血させていく。ズズズと腰を引けば、つられて喘ぐリクラを見下ろしながら、舌なめずり。

「産め、リクラ」

 ズン、ゴポ、チュ、ゴリ、グリ、ズズズ、ゴプ。

 獲物を前に牙を剥き、彼女の首から垂れている血をきれいにすると、抽送を始めた。

 ゴポ、ドクン、ドクン、ドクン……ゴチュ。

 青竜随一の肉体を持つ長の種をその身に受けることは、種の繁栄として幸福なことである。

 ドクン、グチュ、ドクン。

 だが彼はリクラだけを愛すことに努め、彼女を愛した。

 プッ、ズン、ヌチュ。

 彼女の遺した形見を、彼女なのだと、犯しながら。


 世界樹の市場の近くにある、泉に現れた青竜たち。先陣を切る長は号令を自ら鳴らし、散開させる。隣に寄り添う女の青竜と共に泉のほとりに歩を進め、くつろぎ始める。

 好機の視線を受けながら、長は休もう、と穏やかに囁いて、目を閉じる。やがて寝息を立て始め、女の青竜は水面に口をつけ、しずかに水を飲んでいた。

 ふと彼女が視線を上げると、立脚類の姿が目に入った。橙色と黄色の鱗の、紫の衣を羽織る竜。

 きらきらと輝く結晶を爪で摘まみ、眺めている。ともすれば、めきめきと結晶は形を変えて、それは剣のようなものになった。ぽいと結晶は泉に捨てられ、次の結晶が取り出される。

 ぼんやりとしているその姿がはたと彼女に視線を向けた時、寝息の方を向いて、目を閉じた。

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