第三章 煌めきの王子と王宮勤め

「これからいったいどうしたらいいのかしら?」

 エミリアの部屋へ帰り、寝台に腰かけたフィオナは、ほうっと大きなため息を吐いた。


「エミリアには悪いけど、時間もないことだし、すぐに動き始めたほうがいいと思うのよ」

 隣に座るエミリアに言い含めるかのように、顔を見つめて一言一言呟く。


 その見解にはまったく同意だったので、エミリアも黙ったまま頷いた。


「でも正直お手上げね。私の知る限りエミリアにあの近衛騎士以外に好きな人はいないわ。そうでしょ?」

 単刀直入な言い草にエミリアは頬を染めながらも、またもコックリと頷いた。


 母に頼まれた『ミカエル捜し』も、もう五日目。

 いよいよこれからか、というところで、たった一人の候補者だったランドルフが違うとわかり、捜索は今、完全に暗礁に乗り上げた状態だった。


 窓際に置かれた椅子に腰かけていたアウレディオが、エミリアに胡乱な視線を向ける。

「なあ……その人物をお前が好きになるっていうのは、本当に信憑性がある話なのか?」


 そのことに関しては実際エミリア自身もおおいに疑問を持ち、何度も何度も母に確認したので、ため息まじりに大きく頷いた。

「お母さん曰く、『ぜっったいに、エミリアが好きになる人!』なんだって……」


「それじゃ、全く手がかりなしじゃない」

 つんと顔を逸らしたフィオナに続いて、何気なくエミリアの机に目を向けたアウレディオは、ふと首を傾げた。


「なあ、まさか、あの方じゃないよな……?」

「あの方って?」


 アウレディオの視線の先をたどってみると、机の上にいくつか飾られた額絵に行き着く。

 父と母の肖像画。

 家族の絵。

 エミリアが描かれたもの。

 友達だちの中で笑うエミリア。


 その中に混じって一つ、あきらかに額の格も違う立派な絵があった。

 国王お抱えの絵師となった父が、たびたび描かせていただいている王室の肖像画。

 あまり良い出来ではなく、献上し損ねたものの中の一つを、エミリアは父から貰ってそこに飾っていた。


 エテルバーグ王家には、国王と王妃、三人の姫と一人の王子がいる。

 荘厳な玉座に座した国王陛下の隣。

 大きな存在感を示しながら佇む王子――フェルナンド。


 太陽の光を集めたかのような黄金色の髪に、深い湖のような碧の瞳。

 どこにいてもパッと目を引くその容姿から、華やかなことが大好きで明るく友好的な性格まで、国民の敬愛の念を集めて止まないこの国の王子。


「そういえば……王子は素敵だ素敵だ、ってエミリアったら昔から騒いでたわね……」

 真剣に考え始めたフィオナに、エミリアは目を剥いた。


「だってそれは! この国の女の子だったらみんなそう思うようなことでしょう!」


「そのわりには、かなり小さな頃から結構しつこく言ってる」

 割って入ったアウレディオの言葉に激しく焦りながらも、エミリアは必死に訴えた。


「それはそうでしょう! あんなに素敵なんだもの! 誰だって憧れるわ」

「そう? 私は全然。やっぱり好みはあるし」


「だ、そうだ。残念だったな。お前はあきらかに王子に好意を寄せてるってことで……次はその線で行くとするか」

「そうね。他に手がかりもないし、そうしましょ」

 いつの間にか、アウレディオとフィオナの間だけで、話がまとまってしまっている。


「ちょ。ちょっと待ってよ! フェルナンド殿下だなんて、そんな私……私……」

「大丈夫だよ。なにも今すぐキスしろって言ってるわけじゃないんだから」

「当たり前よ!」


 エミリアはだんだん、抵抗するだけ無駄だということを察してきた。


 普段はあまり仲がいいとはいえないのに、こういう時になると、アウレディオとフィオナはすぐさま結託する。

 今ももうエミリアを無視して、二人で相談を始めてしまっている。


 当事者のはずなのに、疎外感を感じずにいられないエミリアは、

(いいよ、もう……どうせ王子様となんて、接点だって作れるはずがないんだから……)

 ふてくされて寝台に横になり、掛け布を頭から引き被った。




 しかしエミリアは忘れていた。

 彼女たち三人は今まだ、城の臨時衛兵の任についているのである。

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