10

 その日の夕食の席も、父と母と共に、まるで当たり前のようにアウレディオが同席していた。


「それじゃあ今日は、もうかなり親密になったのね?」

 昨日とはまた違うパイを切り分けながら、母は嬉しそうにニコニコ笑う。


「だったらあとは、彼がミカエルかどうかを確かめて、エミリアがキスするだけね」

 鈴を転がすような声に、エミリアとアウレディオの手が、同時にぴたりと止まった。


「「確かめる方法があるの?」」

 問い質す声まで重なってしまう。


 母はきょとんと、いかにも不思議そうに翠の瞳を瞬いた。

「もちろんあるわよ。なあに……? ひょっとして私ったら言ってなかった?」


「言ってないわよ!」

 今にも掴みかからんばかりの勢いのエミリアを、アウレディオが手で制した。


「何? その方法って……」

 母はちょっとホッとしたように、エミリアからアウレディオへと視線を移す。


「うん。ミカエルは背中の羽と羽の間、つまり肩甲骨の間ぐらいに赤い痣があるの。星の形に似た珍しい痣だから、きっとすぐにわかると思う……」

 頭を抱えたまま微動だにしないエミリアと、ふうっと大きな溜め息をついたアウレディオに向かって、母は最上級の笑顔を向けた。


「目印がなかったら困るでしょう? この人かって思う人に、エミリアが次々とキスしなくちゃいけなくなるものね……どう? これで明日にはどうにかなりそう?」


 がばっと顔を上げたエミリアは、声を上げる前にアウレディオの大きな手で口を塞がれてしまった。

 おかげで母に強い非難の言葉をぶつけることができない。


 その代わり、誰にも聞こえることはない心の中だけで、思いっきり叫ぶ。

(お母さんって本当は、天使の顔をした悪魔なんじゃないの!)


 絶対に声に出したつもりはなかったのに、怒りに震えるエミリアの肩を、宥めるようにアウレディオが叩いてくれた。




「どう? 心の準備はできた?」

 翌日、城に着いた早々、エミリアは今度はフィオナに問いかけられた。


 腕組みしながらアウレディオと何事かを相談した末に、フィオナは、

「もしも人違いだった時のために、時間は残しておいたほうがいいと思う。いい思い出、もうできたでしょ? もういいよね?」

 念を押すかのようにエミリアに向かってくり返す。


「……フィオナ?」

(確か昨日は、私の心を労わるような発言をしてくれたような……? それでやっぱり友だちって良いものだと、感動を覚えたような……?)


 エミリアが首を捻る間にも、フィオナはアウレディオと二言、三言交わし、頷きあった。

「目印があるなんて良かったじゃない。じゃあ今日中にアウレディオが確認するから、本人だったらさっさとキスしてね、エミリア」


 あまりの言い草に、エミリアはぽかんとしてしまう。

 フィオナにいったいどんな心境の変化が訪れたのだろう。

 しかしその疑問は、エミリアに背を向けながら呟いたフィオナの独り言で、すぐに答えが得られた。


「今日でこの仕事終わりにしないと、明日はもう感謝祭。実際に多くの人出の中で城の警備をするなんて……絶対に嫌」


 がっくりとエミリアは脱力した。


「エミリア、どうしたの? オーラの色が濁ってるわよ?」


 俯くエミリアの周囲を見回しながら、フィオナはいつものように解説してくれたが、エミリアには反論する気力さえなかった。


(濁りもするわよ……私の昨日の感動を返して。フィオナはやっぱり、フィオナだ……)

 昔から変わらない親友の姿を、悲哀を込めてしみじみと再確認しているだけなのに、


「エミリア? まさか背中の痣を確認する役も、自分でやりたかったの?」

 フィオナは少し眉を寄せながら、思いもかけないことを言い出す。


「そんなわけないでしょう!」

 エミリアの叫びを、アウレディオが肩を震わせて聞いているのがまた、どうにも腹立たしかった。


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