明くる朝、城の前で会ったフィオナにエミリアは、

「お菓子の話は、フィオナの言うとおりだった」

 と報告した。


『食べた者が作った者に好意を抱くお菓子』


 あまりにも胡散臭い話なのに、フィオナは驚きもせず、

「そう。やっぱり……」

 と頷く。


 彼女が人並み外れて淡白なことに、そして日頃から『オーラ』で相手を判断しているからなのか、常識から逸脱した部分があることに、エミリアはこんなに感謝を覚えたことは今までなかった。

 しかし――


「それじゃあとは、例の近衛騎士とエミリアがキスしたら全て終りね」

 などと、そこまであっさりと言い切られることを望んでいるわけではない。


「そ、そんな簡単にキスなんかできるわけないでしょう!」

 焦るエミリアの背後に目を向け、フィオナがポツリと呟いた。


「あ。噂をすれば、そのランドルフ・ウェラードが来たわ」

 反射的にエミリアは、フィオナの陰に逃げこんだ。


 もちろん華奢なフィオナの背後にエミリアがすっかり隠れるはずもなく、ほとんど丸見えなのだが、エミリアには自分がどうしてそんなことをしてしまったのか、その理由さえわからない。

 気がついた時にはもう体が勝手に動いていた。


「あ。こっち見た」

 フィオナの声に、今度は体が飛び上がる。


「何してるの?」

 淡々と尋ねられても、何と言っていいのかわからない。

 ただ今は、ランドルフの顔をまともに見れそうにはない。


「あっちは変に思うわよ?」

 フィオナの言うことは、いちいちもっともだった。


「だって……なんだか顔を会わせづらい……」

 情けなく弱音を吐くエミリアの耳に、フィオナの驚くべき呟きが届く。


「あら、あっちも意識しすぎ……耳まで真っ赤……」

「えっ?」

 エミリアは反射的にフィオナの陰から顔を出した。


 しかし、さっきまでランドルフらしき人物が佇んでいた城壁のあたりには、もうすでに人影はない。


「……フィオナ?」

 嫌疑の目を向けたエミリアに、フィオナが静かな眼差しを注いだ。

 いつものように神秘的な、口以上にものを言う大きな黒い瞳。


「そんなに気になるんだったら、余計なことは気にしないほうがいいわ。エミリア……昨日のほうがずっといいオーラの色だった。憧れの人とせっかく知りあいになれたんだから、お母さんの仕事はあとまわしにしてでも、まずはいい思い出を作ったほうがいい……ちがう?」


 命令口調の言葉とは裏腹に、フィオナの表情はとても穏やかだった。

 本当にエミリアを気遣う気持ちに溢れていた。


「フィオナ! フィオナはやっぱり私の親友よ!」

 エミリアは自分より華奢なフィオナの体に思いきり飛びついた。


 柔らかな風が、青空の下で綻ぶ二人の頬を、優しく撫でていった。


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