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「別に確信があるわけじゃないのよ。でも私、小さな頃から思ってたの……ひょっとしたら、エミリアが作るお菓子には、人を魅了する力があるんじゃないかって……」
「は?」
澄んだ空にピピピピと小鳥の声が響く。
そちらのほうがありありと耳に届くほど、フィオナの発した言葉は、エミリアにとって現実離れしたものだった。
「だから、エミリアのお菓子を食べた者は、エミリアに恋するんじゃないかって言ってるの」
二人の間をさあっと一陣の風が吹き抜けていった。
風に乱れた髪を、軽くてのひらで撫でつけながら、エミリアは困りきった笑顔を浮かべた。
「まさかあ」
まったく信じていないどころか、フィオナが自分をからかっているぐらいにしか思っていないエミリアの隣に、フィオナはずずいと膝を進めてくる。
額がくっ付かんばかりに顔を近づけて、黒目がちな大きな瞳で、エミリアを真っ直ぐに見つめた。
「信じてないのね……でも私は昔からそうなの。エミリアのお菓子の虜で、食べたあとには、いつも大好きなあなたのことがもっと好きになるの……」
東洋人形のように美しくて神秘的なフィオナの顔が、エミリアのすぐ近くへ迫る。
紅を引いたように赤い小さな唇が、なんとも魅惑的で怪しい言葉を紡ぎだす。
「ねえ、本当に、他の人からもそんなふうに言われたことはない?」
甘い匂いのするフィオナの吐息に、思わず瞳を閉じてしまいそうになる自分を必死に励ましながら、エミリアは首をぶんぶんと横に振った。
「ないない! 全然ないです!」
「あらそう」
拍子抜けするくらいにあっさりと、フィオナはエミリアの目の前から顔を引いた。
「でもさっきのランドルフもそうだったけど、エミリアのお菓子を食べた人は、みんなとっても幸せそうなオーラに包まれるのよ……あの色、女の子はともかく、男だったら恋愛感情に発展するんじゃないかって思うんだけど……本当に今までそんなことなかった?」
「だって、それならフィオナだって知ってるはずじゃない。学校の頃からいつも、私がお菓子を作った時には、絶対に一番に食べてたんだから」
「そうだけど……いつも女の子と食べてばかりで、私、エミリアが男の子にお菓子をあげているところは、見たことないもの」
「だってそれは……」
何気なく答えかけて、エミリアは思わず口を噤んだ。
(ディオが男の子には食べさせるなって言ったから……)
心の中だけで続きを呟き、その奇妙さにふと不安を感じる。
(なんでダメだって言われたんだっけ?)
その時の状況も、アウレディオがどんな口調だったのかも、思い出そうとしても全然思い出せない。
突然言葉を切ったエミリアを訝しんで、
「どうしたの?」
とフィオナがまた顔を近づけてきた。
エミリアはなぜだか事実をごまかすように、慌てて言葉を継いだ。
「男の子はあんまり甘いもの好きじゃないかなって、思ってたから……」
フィオナは納得したのかしなかったのか、空を仰いで呟いた。
「それはそうね」
二人の間に、なんとも気まずい空気が流れていく。
少し変わり者ではあるが、小さな頃からいつも傍にいてくれ、今回のように困った事態にも何も言わずつきあってくれるフィオナは、エミリアにとってかけがえのない親友だ。
そんな彼女に咄嗟に嘘をついてしまった自分が、エミリアはどうしようもなく嫌になる。
「フィオナ」
「何?」
呼びかけると、いつものように簡単な返事がすぐにあった。
そのことに深く感謝しながらも、それでもエミリアは、本当の理由を口にする気にはなれなかった。
(ディオはどうしてあんなことを言ったんだろう?)
アウレディオの真意がわからないことが、こんなにもエミリアを不安にさせる。
自分にとって絶対に変わらない、どんなものにも揺るがないと信じていた何かが、足元から崩れていくようで、頭が真っ白になり、何も考えることができなかった。
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