希望の街ー極版

第1話 プロローグ

 中のフィラメントが寿命が切れかかっているのだが、赤字の為になかなか買い換えることができず、朧げとなった光の下には、極端に旧式ではないのだが、最新式とは言い難い数年前のディスクトップ型のパソコンと、ボロボロになりワタが所々ではみ出し、名も知らぬ虫の温床になっている劣悪な環境。


 その部屋は、何日も風呂に入っていないのか、汗の匂いが強烈となっており、時給1200円ぽっちの安い賃金でこき使われている、暇を持て余している従業員は、こんな連中には死んでもなりたくはないものだなと鼻を抑えて、そそくさと退散する。


 普通の人間ならば、大半の人間が、終電を逃して近くにカプセルホテルがない場合に仕方なく利用するであろう、場末のネットカフェにそいつはいる。


「ヘクション!」


 五十嵐源治は、真冬の早朝勤務で、軽く鼻風邪を引いたのか鼻をすすり、フケだらけで、シラミが沸く一歩手前の衛生状態の頭を掻き毟り、価格破壊、低価格が売りの海外製の煙草に火をつけてパソコンの電源を入れる。


(あーあ! 首かよ! ついてねーや!)


 国内製のものよりも遥かに劣悪な成分のそれを肺に入れ、煙を蒸しながら、源治はほんの1時間前の事を後悔する。


(……むかついたからぶん殴っただけってのによぉ!)


 さほど自分と年齢が変わらない、登録していた派遣会社の営業マンが紹介してくれた、建築現場の仕事は日給1万円で、源治にとってそこまで悪い条件ではなかったのだが、派遣社員の常、派遣先の上司は全てがそうというわけではないのだが、底意地が悪い人間が存在しており、姑よりもタチが悪い。


 運搬していた荷物が、床に書いてあるラインをほんの数センチ過ぎただけで、やれ底辺高校出の人間は馬鹿だとか、施設出身の人間は知能が障害者並みだとか暴言を吐かれ、人一倍短気な源治は、有名大学卒業である事を自慢している、中年の管理職であるそいつの無精髭だらけの顔面をボコボコに殴り飛ばした。


 社会人にとって暴力沙汰はタブーであり、仮にどんなに酷い目にあったとしても暴力を振るった人間は会社にいることは当然許されず、下請けの派遣社員である源治は晴れて会社を首になり、ニートというカッコイイ俗称なんだが、実際はろくでなしという卑属の身分に戻ってしまったのである。


(はぁ……折角、ネカフェ難民から脱却できるかって思ったのによお、相変わらず俺はこのまんまの馬鹿野郎って事なんか……)


 源治は、駄目な自分を呪いながら財布を見やると、3500円しか入っておらず、このネットカフェの6時間パックが3000円であり、この金を使い果たしたら自分はホームレスにまで身を窶してしまうと、恐怖に怯える。


 ぐう、と腹の虫が鳴るのだが、つい最近食べたものは派遣先の建築現場で出された、味が薄い海苔弁当であり、味はお世辞にも美味いとは言い切れず、小学生が家庭科の調理実習で作った料理の方が遥かにマシだという具合であり、源治はつい身体の飢餓反応に負けてしまい、不味い不味いと心の中で連呼しながら食べたのである。


「えーい!」


 源治は何を決心したのか、キーボードを叩き、大手検索エンジンを開く。


(打開策ってのは、どこかしらに有る筈だ……! 頑張れ俺、必ずあるんだ!)


 乾坤一擲、割り箸と言っても過言ではない、栄養失調でか細く痩せ細った指に全身の力を込めて、頭の中に浮かんでくる、ネットカフェ難民や貧困や生活支援に生活保護のキーワードを検索エンジンに入力をし、きっと何かしらの希望の提案はあるはずだと期待を込めてenterボタンを押す。


『ネットカフェ難民オワコン』


「クソッタレ!」


 検索結果の一番上に出てきた文字を見て、源治はふざけるなとパソコンを壊したくなる衝動に駆られるのだが、暴れる気力がもうすでには残されておらず、体力は貧困層の難民と同程度までに消耗し切っており、あぁ、首吊って死ぬしかねぇんだなとため息をつき首を下げる。


「ん?」


 源治が首を下げた先には、生活困窮者自立支援制度という文字が掲げられており、なんだこれはとクリックする。


『生活困窮者自立支援制度は、生活保護の受け皿としても知られており、仕事を支援してくれる』


『ネットカフェ難民など住居困難者の住宅を用意し……』


「いやこれなんじゃねぇか!?」


 源治は一筋の光を感じ、サイトに書いてある文字を、偏差値が40足らずであり知能指数も下手したら知的障害のボーダーラインに届くであろう、壊滅的な学力不足の頭を、生命の危機を回避する為にフル回転させてマウスをクリックする。


(何この制度は!? 住む場所用意してくれて、しかも仕事探しを手伝ってくれるってか!? 最寄りの市役所で詳しく話を聞こう、ってか明日土曜じゃねえか!何時だ今は!?)


 格安SIMフリーのスマートフォンの、落としてひび割れた液晶画面には午後16時半と表示されており、源治は慌てて荷物をまとめて立ち上がる。


 ****


 源治は高校を出てから地元を出て、アカツキ街にある建築会社に作業員として働く事になったのだが、一年も経たないうちに赤字気味の経営が悪化してしまい、倒産してしまうという最悪の事態に見舞われた。


 身から出た錆、安月給の給料の大半を酒と女と博打いう、低俗な大人の遊びに費やしていた源治は当然の事ながら貯金は無くアパートの家賃を払うことができずに退去、ネットカフェ難民の道を不本意ながら一年近く歩むことになってしまったのである。


「寒いっ……!」


 外は雪が降っており、源治の今の格好は薄くて所々からワタがはみ出ているダウンジャケットの下には薄手のパーカーと半袖のシャツ一枚であり、お世辞にも底冷えする寒さに耐え切れるものでは無く、奥歯がガチガチと噛み締める音を聞きながら、飢餓と言っていいほどに痩せこけた身体をよろよろと動かしている。


 街行く人たちは真冬対策で防寒着を着込んでおり、異臭がしている源治を、まるでゴミ捨て場に湧いて出てきたゴキブリがネズミを見やるかのような軽蔑と嫌悪な視線を情け容赦なく浴びせかけ、源治は怒鳴り散らしたくなる気持ちに襲われるのだが、その気力を生活の為だと市役所へと徒歩移動への労力に割り当てている。


 市役所が目の前に見えてきて、スマホを見ると時刻はすでに16時55分を回っており、急がなければなと歩むスピードを立てようとするのだが、早足にする力は既に残されていないのである。


「ねぇ、いいじゃんよぉ、俺と一緒にさぁ、これからホテル行って暖まろうぜ! 気持ち良くしてやるからよぉ!」


 源治の目の前に、1組の男女がふらりと現れ、黒のN3Bを着てサングラスをかけているトレッドヘアーのそいつは、嫌がっている水商売風の雰囲気の女性の手を掴もうとするのだが嫌がっており、どこからどう見ても、ナンパであり、その行為自体は源治にとって迷惑行為そのものである。


「……どけ」


「あ? なんだテメェ!? 薄汚ぇ格好しやがってよ! 臭いんだよ! あ、ねぇ、ちょっと待ってよ!」


 トレッドヘアーの男の元から女性はそそくさと逃げ出してしまい、源治はなぜかほっと肩を撫で下ろす。


「テメェのせいで逃げちまったじゃねぇか! 上玉だったってのによぉ!」


 そいつは源治の胸ぐらを掴み、殴ろうとするのだが、源治の頭の中で、生命の著しい危機反応が作用をして、どこにそんな力があるのかというぐらいに、頭突きをする。


「痛ぇ! 何しやがんだこの馬鹿!」


「あぁ!? こっちは生活がかかってるんだよ!」


 源治は最後の力を振り絞り、市役所へと走り出す。


 入り口のガラスの自動扉越しに見える時計の時刻は既に16時58分を回っており、職員達が作業を終えている姿が源治の目には移り、ここでこの機会を逃したら本当に俺は野垂れ死すると、思い切って目の前にある階段を飛び上がり、入り口の前に倒れた。


「待ってくれ! おーい、待ってくれよぉ!」


 源治の、心の底からの想いが通じたのか、職員達は何事かと、ボロボロの格好をした源治の元へと歩み寄ってくる。


「馬鹿野郎、俺もここに用があるんだよ!」


 先ほど頭突きをかました、風来坊の男もまた市役所に用があるのか、鼻血を流しながら慌てて走ってきている。


 源治はふらふらと、頭に疑問符を浮かべている職員に肩を借りながら市役所の中へと入った。


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