田舎出の一般人だけど王都のエリート大学入って魔族の奴隷少女救う
あべたつお
ブレイブ王立大学編
第1話 入学早々、教会騎士候補の少女に目をつけられた件
正義も悪もない。
「いってらっしゃい、アベル!」
馬車が動き出す。
「またな、マリーズ!」
マリーズは走って来て、追いかける。そして、遂に飛び乗った。
「お、おい、危ないから……」
アベルが言い終わる前に、その口が唇で塞がれる。
人の欲望は無限であり、欲望がある限り、奪い合い、ぶつかり合う。
「頑張ってね」
「あ、ああ……」
何かこの状況に適した言葉を言わなければならない。頭を回転させる。そんなアベルの必死な様を見て、マリーズは笑い、鋭い牙を覗かせる。
「しゃきっとしろ、お国のエリート!」
太陽のような笑顔だった。
けれどもし、真に正しいものが存在するならば、
「俺、俺……頑張るから! 絶対に魔族を助ける! そういう社会にしてやる!」
アベルは声を張り上げた。
マリーズは馬車の轍の間に降りた。
薄い青色の体色に、頭部に二本角を生やした少女は、何も言わずにアベルを見つめ、立ち尽くしていた。
誰かを想う、一瞬の時にあると思っている。
声も届かないぐらいの距離になってから、マリーズは甲高い声で叫んだ。
「聞こえねーよ!!」
アベルも叫び返す。
風が吹き抜ける。落ちてきた葉がアベルの前を舞う。
葉は地につくよりも先に、アベルの視界から消えた。
マリーズの姿も見えなくなった。
それは振り返って見れば、あったのか、なかったのかも、分からない。
それほど曖昧で、ちっぽけで、脆弱で、浅はかで、刹那的で、虚しくて、優しい。
石で縁取られた池の中心に、石の筒のようなものが建っていて、その先端から水が湧き出し続けている。滝は上から下に落ちるが、それは下から上に上がる。そしてまた落ちる。それが丸いカーテンのように、石の筒を包んでいる。
「いつまで見てんの? アベル」
そう声かけてきたのは、ルームメイトのバサス・ジークフリート。アベルと同じデザインの学生服をぱつぱつさせながら、アベルの隣に座る。
その体型でマントは暑いのか、額に汗を滲ませている。
「あの噴水ってやつは無限に出てきているが、魔法でもかけられてんのか?」
「いや、違うらしいよ。ドワーフ製らしいけど……仕組みは、ちょっと僕にも分からないな」
「底の方に、排水のためらしき穴が見えるな。格子を外して潜って行けば、原理が分かるかも」
「やめといてね?」
その噴水の向こう側では、制服集団の人だかりが出来ていた。その人だかりは、アベルとバサスに近づいてきた。
「あれは、ラシェル・ユースティティアか」
その人だかりの中心にいる人物は、先ほどあった入学式で答辞をしていた同級生の少女だった。
ラシェルの学生服は青を基調としたアベルたちのそれとは異なり、白基調。ロドルフ教徒であることを示す特注品だ。肌も白基調で、髪も服のアクセントの金色と同色の金髪で、後ろで束ねている。
その半歩後ろを、同じく白基調制服を纏った赤毛短髪の少女がついて来ている。
「と、従者のティア・サントメールか。バサス、お前どっち派?」
「ラシェルかな。ってか、そんなこと言ってる場合? 思い切りこっちに来てるようだけど」
「んじゃ、よろしく」
「ちょっと」
立ち上がろうとしたところを引き戻される。
「なんつー力だ」
「どうせアベルに用でしょ」
「むむっ」
ラシェルはすぐ目の前まで来ていた。
「アベル・フェルマー。貴様に話がある」
剣のように鋭い声で話しかけられて、ゆっくりと立ち上がる。心当たりがないこともないが、何を言われるかは予想がつかない。バサスは静観を決め込みたかったようだが、従者に睨まれるとすんなりと立ち上がった。
「話ってのはコーヒーでも飲みながらできたりしない?」
ラシェルについてきた数多くの視線が、アベルに集中する。それまでは羨望だったものが、好奇や不審に変わっていた。
「ここで十分だ。私はユースティティア家のラシェル・ユースティティア。教会騎士科Aクラスだ。アベル・フェルマー。今から貴様を、私のライバルとして認める」
「お、おお」
なんと返せばよいか分からないので、とりあえず相槌を打っておく。
「バサス・ジークフリート。戦う時があれば、貴様も倒す」
「は、はい」
「次に模擬戦があった時は、覚悟しておけよ。言いたいことはそれだけだ」
本当にそれだけ言うと、ラシェルは踵を返した。人だかりはアベルたち以上に困惑しているようだ。それもそうだ。王族、貴族、軍の上部、聖職者の上部、高級官僚、大商人。良家のご子息が揃うこのブレイブ大学で、フェルマー家などというどこぞとも知れぬ田舎の家の者が、入学成績一位の才女に並び立つ存在と見られるはずもない。代々優秀な王国騎士を排出してきたジークフリート家ならばいざ知らず。
いづらくなったので、アベルとバサスはその場を離れることとした。
「入学試験の時のこと、根に持ってるみたいだね」
「あの程度の活躍で認めてもらえるとはな」
入学試験の二次試験は、二チームに分かれての模擬戦だった。郊外にある、森を挟むほどの広大な原野で行われた模擬戦で、アベルとラシェルは敵チームとして交戦した。二人が剣を交えたのは一瞬のことだったが、その一瞬がラシェルに強い印象を残したということだろう。
しかし、チームとしては、アベルはバサス共々負けている。そのため少し疑問に思う部分はあった。
「実際、あの状況だとアベルの動きは適切だったよ」
「俺の実力に気づくとは、あの女できるな。……つっても、他に出来る奴も多かったけどな。しかも俺より目立っててさ。お前とか」
「最高学府かつ最高軍事学校ってだけはあるよね。ただの坊ちゃん嬢ちゃんばかりじゃなかったのは確かだ」
「となると、やっぱりあれ、俺に気があるってことじゃないか? 照れ隠しでライバルなんか言ってるだけで」
「アベル。なんだか君はとてつもない大物になる気がする。いや、既に大物か」
そう言って、バサスは笑った。
「うめえ!」
「うまい!」
ラシェル・ユースティティアにライバル宣言された翌日の昼休み。高い天井にシャンデリアがいくつもぶらさげられた煌びやかな大食堂の端っこで、アベルとバサスはラージサイズのピッツァを五枚、二人で仲良く分け合っていた。
「バサスお前、ジークフリート家なんだからもっと高いの頼めば良かったのに」
「質より量がうちの家訓だからね。貴族とかでもないからそこまで余裕ないし」
「それだけの実力で貴族より羽振り悪いものか……」
アベルは紅茶をずずっと飲みつつ、食堂の一点に目をやる。白制服を纏った女子生徒の集団が、こちらに近づいて来ていた。
「バサス、やっぱ俺モテるのかな?」
「色々な意味でねえ……」
案の定、女子生徒たちは、アベルとバサスのテーブルを取り囲んだ。昨日、ラシェルに周りにいた顔もちらほらある。
「アベル・フェルマーですわね?」
リーダーらしき、金髪をサイドで結びぐるぐるさせた髪型の少女が、威圧的に話しかけてくる。
「どちらさまで」
「名乗り遅れましたわね。わたくしは、エレーナ・デ・ロイヤルバーグと申します。あなたに決闘を申し込みますわ」
彼女はそう言って、ピッツァの皿の傍に白の手袋を置いた。
アベルは、昨日の入学式を思い出す。大講堂で学長が話していた内容のひとつに、学内での決闘は許可するというものがあった。
決闘の開始の手続きは、手袋を差し出すこと。相手がそれを拾えば、合意を意味する。
「おもしれー」
アベルは手袋を手にした。
「受けましたわね」
エレーナはにやりと笑った。勝利を確信している顔だった。
「それでは放課後、法学棟広場前にて。お逃げにならないでね」
「分かった。あ、一つだけ。どうして俺と決闘を?」
「受けた後に聞くなんて、まさか何も考えずに? まあいいですわ。あなたのようなどこぞとも知れない者に、ラシェル様の意識が向けられることはラシェル様にとって時間の無駄となるのです。ですからラシェル様のお付きとして、わたくしが代わりにあなたを倒し、考えを改めていただきます」
「そういうことは直接ラシェルに言ったら?」
「ラシェル様にご意見だなんて、差し出がましい真似できるわけないでしょう?」
アベルはため息をつきたくなった。
「あー……お前の考えはおおよそ分かった。それじゃ、また放課後な。まだ食ってる途中だからお前らとっとと失せてくれ」
そう言ってピッツァにかぶりつく。
「なっ……」
「まあ、なんて尊大な態度!」
「こんな奴にラシェル様がライバル宣言するだなんて理解不能ですわ!」
「もっと具材が乗ったやつ食べればいかがですの」
女子生徒たちは口々にそんなことを言う。アベルは彼女らの罵りを浴びながら、ピッツァを貪り食い続けた。僕の分食べないでよ、とバサスも続いた。
放課後、法学棟前広場。数十人のギャラリーが、広場で向かい合う二人の生徒に、真剣なまなざしを向けている。
「ルールは学院規則に則り、どちらかを戦闘不能、あるいは降参の言葉を引き出した方が敗北者です。準備はよろしいですか?」
審判である二十代程度の男教員が言う。
「はい」
「はい」
二人の手には木製の剣。学院規則で、決闘では必ず木製武器を使用することとしている。
「ではこれより、教会騎士科一年、エレーナ・デ・ロイヤルバーグと憲兵騎士科一年、アベル・フェルマーの決闘を開始いたします。ロドルフ神の名に、勇者レオの魂に。公正に決闘を行うことをお誓いください」
教員が、二人の間に立ち、決闘開始の宣言を述べる。
「誓います」
「誓います」
アベルとエレーナは木剣をロドルフ教会総本山、「グレイティスト・ロドルフ大聖堂」の方角に向け、跪く。
審判はそれを確認すると、ハンカチを落とした。それが地に着いた時が、決闘開始の時。
「お手並拝見ですわっ!」
ハンカチの接地と同時に、エレーナが近づいてくる。いい踏み込みだ、とアベルは思った。
数度打ち合い、互いに下がる。
「ある程度は出来るようですわね」
「お前もな」
ロイヤルバーグは貴族の名家でありながら、教会騎士も排出する教会系貴族の家系である。その影響力は国内でも随一。
「いつまでその余裕が続くかしらっ!?」
エレーナは、さらにスピードを速めてくる。アベルは防御に徹し続ける。
「守ってばかりでは一生勝てなくてよ?」
「おっしゃる通り」
アベルはぐんと速度を上げた。エレーナの水平斬りをかがんで躱し、そのまま突っ込む。
エレーナはそれを察知し、横へ避けようとする。が、遅かった。アベルの剣がそれよりも早く彼女の胴を捉えていた。
「がっ……!」
エレーナの身体が吹っ飛ぶ。
「勝負あり!」
審判の判定は素早い。エレーナは苦悶に顔を歪めたまま、よろよろと決闘を開始させた位置まで戻る。そしてもう一度、グレイティスト・ロドルフへと跪く。アベルも同じくそうする。
「エレーナさん!」
「エレーナさん大丈夫ですか!?」
白制服の女子生徒たちが、エレーナへ駆け寄る。
「大丈夫ですから、来ないでくださいますか!?」
エレーナは声を荒げた。そして、つかつかとアベルの元へ歩いてくる。
「怪我とかないか?」
「わたくしは敗者。敗者に情けの言葉は無用ですわ。アベル・フェルマー。お見事でした」
「ありがとう。お前の剣技も見事だったよ」
「……これではラシェル様に合わせるお顔がございませんね。……アベル・フェルマー。次闘うは必ずわたくしが勝ちます」
エレーナはアベルの言葉を待たず、早足で帰って行った。女子生徒たちも慌てて続く。
「エレーナさん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですわ。手加減されていましたので」
「エレーナさん、今回のはきっと偶然ですよ。途中までエレーナさんが押して……エレーナさん!?」
女子生徒の一人が驚きの声を上げる。エレーナの顔を見たためだ。決闘を終えた誇り高きロイヤルバーグ家の長女は、ぽろぽろと涙を流していた。
「あそこまで強いとは、思わなかった……私よりもずっと強い……ラシェル様がライバルだと認めるだけある……手加減されていた……最初から最後まで……田舎者の癖に……っ」
一方、アベルも観衆の目から逃げるように、バサスと共に寮まで戻っていた。
「お見事だったね」
「ありがとう」
「……あまり嬉しそうじゃないね?」
「これでエレーナの、教会騎士科内での立場が下がったら、だとか、あの勝ち方で良かったのか、とか色々考えちまう」
「あれで正解じゃないかな。エレーナがどう受け取るかにもよるけど。この学院で剣術を学び続けていたら、そのうち気付く。彼女にとっても良い経験になったと思う」
「そうだといいが。しかし、俺もまだまだ修行が必要だな。バサス、付き合ってくれや」
「いいね。僕もちょうど剣が振りたくなってきたところだ」
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