第7話 騎士の最後
あいつは「みんなが囮になった」と言っていた。だからこうして盗賊どもに歯向かうことは、村の皆の覚悟を踏みにじる行いなのだろう。だとしても、村の皆を置いて自分だけ逃げるなんて嫌だ。
盗賊が現れてからずっとユウは黙っていたが、それは怖がっていたわけではなく怒っていたのだった。
阪東夕陽であった頃ずっと孤独だった。誰からも必要とされず認められるもこともなく、人生はゆっくりと詰んでいた。だがこの世界に来てユウとなり、村の皆に愛されて幸せを知った。
1つの人生を超えてやっと手に入れた幸せは、目の前の理不尽によって壊された。
それを許せないからこそ、ユウは剣をとって対峙する。
「奴らを許せん気持ちは分かる。じゃが・・・せめて命に危険がある前に逃げてくれ。約束じゃ。」
「・・・わかったよバランさん。」
もちろん嘘だ。きっとバランさんもそれを分かっているだろう。先ほど左の奴をなんとかするとは言っていたものの、実際それは難しい。左に集中したところであと2人いるのだ、背中を向けた瞬間に・・・
何をするにも囲まれた時点で、もはやこいつらを倒す以外に道は無いのだ。
(傷の奴は少し厳しいが、左右の奴らは大したことないじゃろう。儂が左の盗賊を倒す間だけ、右の奴を押さえておいてくれ)
バランが耳打ちをしてきたため、それに頷く。傷の男は2対1でも無いと勝ち目がない。
(よし・・・今じゃ!)
合図を出してバランが左に駆け出すとともに、ユウは右に駆け出す。こそこそ話をしていたと思ったらいきなり駆け出したのだ、左右の盗賊たちはあっけにとられて動き出すのが遅れた。
ユウは右側の盗賊・・・盗賊Aとしよう。盗賊Aに向かって剣を振り下ろした。動き出しが遅れたとはいえ、盗賊もそれを剣で受け止める。そのまま膠着状態に入ったので、盗賊Aが身体強化系のスキルや剣術スキルを持っていないことに安心する。
もしスキルがあったら、自分はすでに弾き飛ばされているだろう。
すると背後から「ぐうっ」といううめき声が聞こえた。バランの声では無いので、おそらく盗賊の声だろう。
声が聞こえてからすぐに別の金属音がする。ちらりと傷の男がいた方を見ると、すでにいなくなっていた。背後でバランと切り結んでいるらしい。
いつまでも膠着状態であるはずがなく、盗賊が剣を弾いてきた。こちらも剣を交える。バランの稽古のお陰でなんとか渡り合えているが、それでも人を切ることに何もためらいが無い分、盗賊Aの剣が足や腕、体を傷つけていく。
色々な場所に痛みを感じていると、それは訪れた。
「ユウ!しゃがめ!」
バランからいきなり声がかかり、言う通りにしゃがむ。すると自分が先ほどまでいた高さを、大剣が横なぎに振り払った。
盗賊Aはその大剣に切られて、体を2つに分断される。
「おいおい、案外身動きがはえーな。お前盗賊に向いてんじゃねーのか?」
その大剣の持ち主である傷の男は、成人男性の背丈ほどもある大剣を片手で持ち肩に乗せた。
そして背後にはバランが倒した盗賊と、行き絶え絶えのバランがいた。
「バランさん!大丈夫ですか!」
「心配するなユウ坊・・・馬鹿力に少しクラっと来ただけじゃわい。」
そうして息を整え、剣を構えなおした。3対2から予定通り2対1になり、挟み撃ちできる状態だ。
「貴様・・・儂と戦っておる最中に儂らの大切な孫にちょっかいを出すとは、救いようのない下種じゃな。」
「ガハハ!目の前で身内を殺される奴の顔ほど見ていて気持ちが良いモンはねぇからな!勢いあまって部下を切っちまったが、まぁ仕方ねえ。」
・・・やっぱりこいつは生かしておけない。頭に血がのぼり傷の男に向かって駆け出す。そして近づき剣を振りかぶった瞬間、強い浮遊感に襲われた。
(・・・なんだ?何が起こった?)
視界には空が移り、顔に鈍い痛みを感じる。・・・どうやら自分はあの傷の男に殴り飛ばされたようだ。それを理解した瞬間、浮遊感が無くなり身体がごろごろと地面を転がる。
「ユウ!貴様ぁぁぁぁ!」
バランの叫びと共に剣撃の音が聞こえる。
強い痛みと脳へのダメージで意識がもうろうとするが、バラン1人ではあの傷の男には勝てない。無理やり体を起こして、剣を支えに立ち上がった。
思い切り殴られたせいで、左目の見え方が悪い。右目のみで前方を確認すると、10mほど先でバランと傷の男が打ち合っていた。
(こんなに吹き飛ばされたのか・・・)
そう思うのも一瞬。バランの老体ではいつ均衡が崩れてもおかしくない。早く自分もあの戦いに入らなければと歩みを早める。残り3mほどになった瞬間、キズの男がバランの剣を大きく弾いて引き離し、ユウの方を振り向いた。
やられる。
そう思ったが、傷の男はこちらに向かってニヤリと嫌な笑いを見せて、もう一度バランに向き直った。
そこで初めてユウは、この男の狙いを理解する。
傷の男の向こう側にいるバランも、ユウが切られると思って重い剣を手放してこちらに向かって走っていた。傷の男はそんな無防備なバランに向き直る。
そしてバランに向かって大剣を振り下ろした。遮るものが何もないまま、大剣はバランの左肩から右わき腹を通過する。鮮血を巻き上げながらバランは膝をつき、その鮮血を浴びながら傷の男はユウに向かって言い放った。
「言ったろ?目の前で身内を殺される奴の顔ほど、見ていて気持ちが良いモンはねぇって」
ユウの腹の底から声にならない声が上がった。
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