カムス村編

第2話 人の優しさ

・・・・ガラガラガラガラ




乾いた音と心地良い振動によって、少しずつ意識が覚醒する。




(あれ俺・・・どうなったんだ?)




さっきまでのは夢で、救急車で搬送されてストレッチャーの上にいるのかなど考えた。だがいくら運が良かったとはいえ、7階から落ちて搬送中にこんなに頭が働くのもおかしい。




起きてみた方が早いという結論はすぐに出て、夕陽は上半身から無理やり身体を起こした。


相変わらず夕陽は外にいたが、そこは先程までの森ではなくれっきとした道で、そこを進む荷車の上に寝かされていた。




「ここは・・・」


「うん?おぉ、起きたかい。」


荷車をひく優しそうな顔をした老人が、夕陽の声に気づき声をかけた。




「えっと・・・あなたは・・・」




「わしはゼレ。この近くのカムス村に住んでおるただの爺じゃよ。」


「山菜と薬草を取りに森にいったら、きみが土まみれで倒れておってのう。怪我もしておったし、とりあえず村に運ぼうと思ったのじゃ。」




ゼレと名乗るお爺さんのシワだらけの顔がニッコリと笑い、さらにくしゃくしゃになる。


優しい顔に落ち着いた夕陽は、老体であるゼレが自分の乗る荷車をひいたままであることに気づく。




「それはご親切に・・・あとは僕がひきまっ!痛っつぅぅ…」


そう言いながら荷車を交代しようとすると、胸にジンとした痛みが走り夕陽は悶絶した。


「これこれ、怪我しとるんじゃから無理するでない。外の怪我だけではないようじゃし、ゆっくり寝とれ。」


「す、すみません…ありがとうございます。」


お礼を言って先ほどまでと同じ姿勢になる。




「いいんじゃよ。それにしても魔物の多いカリア山の麓で倒れておるとは…盗賊にでも襲われたのかい?」


「いや、えっと・・・その・・・なんていうか・・・」




ゼレ、カムス村、魔物、カリア山、盗賊・・・


馴染みの無い言葉が多く出てくることに、焦りを隠せなかった。




「おっと、すまんのう。思い出したくないわな。言わんでも大丈夫じゃぞ。」


普通に理解が追いつかず詰まっていたのを、ゼレさんは勘違いして納得してくれた。


だがそろそろ知らなければならないことがある。




「・・・すみません、ここはどこですか?今は何年ですか?」


「うん?ここはネグザリウス王国にあるカムス村の近くじゃ。暦は確か…シリアの54年じゃの。」


聞いたことの無い場所と聞いたことのない暦。そして身体の痛みとその原因である謎の生物。


ほれ着いたぞ。とゼレが言った気がしたが、様々なことを理解するのに精一杯で、返事ができなかった。






~~~~~~~~~~






転生した。しかも異世界に。




夕陽がそう理解し落ち着くのは意外にもはやかった。


前世でよく現実逃避として、転生ものの電子書籍を読んでいたせいかもしれない。


新しく産まれたわけじゃないから転移なのか?とも考えたが、この身体は以前とは全く別物であるため転生だろう。




とにもかくにも夕陽は新たな人生に歓喜していた。


前世では生きる事に必死で出来なかった様々なことが、この世界では出来るかもしれない。


転生に付き物のチート能力でのし上がってやろう。




そう考えた夕陽は、ゼレにカムス村で暮らす事を頼み込み、この世界で生きるために必要な知識を学んだ。




まず時間や日にちの間隔は、前世と全く同じの24時間365日。


暦のみ、100年周期で〇〇の□年と、前世の数え方とズレていた。


今はシリアの54年、つまりシリアという暦が始まってから54年が経っている。


その前は22個の暦があったそうなので、この世界には文明ができてから2254年の歴史があるということだ。




次に知ったのがお金について。


やはりというか、この世界では自分が知っているような紙幣でなく、金貨や銀貨が流通していた。


銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚となっており、一食は銅貨5枚程度だ。




そしてあの謎の生物・・・魔物達の存在と、それを討伐して報酬で生活する冒険者の存在。


依頼をこなすほどランクが上がり、高ランクなほど地位と名声を得る。


その他にも様々な知識を半年間かけて得て、夕陽は自分のチートを活かして成り上がる準備を整えたのだった。




「早く高ランク冒険者に・・・」


そうして今日も夕陽は、自慢の獲物を振りかぶる。


「なってやるっ!」


ザッ!!と獲物が相手を捉えた音がした。




叩き下ろされたクワは、畑の最後の一角を耕すことに成功したようだ。


そうして今日も日課の畑仕事を終えて、夕陽は自宅に帰った。

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