第6話 夫婦でいる事 記憶の出口
多分記憶を無くしてから初めてそんな優しいだけじゃない熱のこもった目で見られて顔が熱くなっていた。
いつものニコニコした拓海さんの笑顔とは違う。
「美桂ちゃんが気にしているのは、夫婦としてのこれからの事?」
いや、そうなんだけど。
だって、今朝のあの雰囲気でレスって事はないでしょうし。
子ども用に取ってある部屋もあるから。
私は、男の人とそういう話をしないといけない事に気が付いて、恥ずかしくなって下を向いてしまった。
「そう……ですね。記憶がどうであれ夫婦という関係を続けるのであれば」
でも、いずれはそういう話になってしまう。この関係を続けるにしろ、別れるにしろ。
「美桂ちゃん、僕と別れたいの?」
「いえ」
私は、反射的に顔を上げて拓海さんを見た。
「私は、拓海さんと居たいです。だけど」
「美桂ちゃんはさぁ。今朝、僕がしたこと嫌だった?」
「…………は?」
「結局は、そう言う事だと思うのだけど。嫌だったなら、夫婦でいることは難しいだろうし。そうでなければ、時間がかかってもそういう関係に戻れるだろうし」
そっか、そうだよね。
「嫌……じゃ、無かったです。多分」
そう、びっくりしただけで、ショックは受けたけど……。
チラッと、拓海さんの方を見ると何か「ん~っと」って感じで、考え込んでいた。
そして、「よしよし、大丈夫」と言ってこちら側にやってくる。
「美桂ちゃん。これから僕がすること少しでも嫌だと思ったら、言ってね。すぐにやめるから……」
そういって私の頬のところに手を添えて、キスをしてきた。
触れるだけのキスをして、すぐに離れた。
「平気?」
にこやかに訊いてくる。
多分、私を怖がらせないように、いつもの拓海さんでいてくれてると思う。
「はい」
「じゃ、行こうか」
拓海さんは、わざわざ私に確認を取るように言う。
私は、拓海さんの後に付いていった。
なんだか、気だるい。
けっこう日が高い気がするのに、目覚ましが鳴ってない?
私は、ガバッと飛び起きた。やばい、会社に遅刻する。
当然のことながら、拓海くんはベッドから居なくなっているけど……。
あれ? 今日休みだっけ? キッチンを使っている気配がする。
そういえば、昨夜……したっけ。
もうすぐ生理だしなぁ、安全日だし……ん? あれ?
え? 私ってもしかして、会社で頭打って……。
うっわ~、何か全部思い出したよ。
いや、記憶喪失中の間、私も拓海くんも別人だったし。
そ……それに、昨夜の……初夜二回目って感じのアレは何?
嫌だ、恥ずかしい。
なんで? 記憶がない間の事は忘れてるってのがお約束じゃないの?
私は頭から、掛布団をかぶってしまった。
「美桂ちゃん。身体大丈夫? 朝食作ったから、食べれるなら」
拓海くんが、部屋に入ってきた気配がした。だけど私は布団から出る勇気がない。
「本当に、大丈夫? えっと……嫌だったかな、昨夜」
「……拓海くん」
これ以上、拓海くんを放っといたら昨夜の事を色々言いだしそうだったから、布団をかぶったまま名前だけ呼んでみる。わかるかなぁ、これで……。
拓海くんの動作がピタッと止まった気配がした。
「うわ~ん、よかったよぅ。戻ったんだね。美桂ちゃん」
拓海くんが、布団の上から抱きついてきた。……って、苦しい、苦しいってば。
私は布団と一緒に、拓海くんをはねのけた。
「窒息死するから、やめて!」
はぁはぁはぁ、死ぬかと思った。
「良かった~。本当に、良かった」
改めて抱きついてきた。
私も良かったよ。他人に接するような拓海くんなんて、もう見たくない。
「でも、私の記憶が無くなっても拓海くんって冷静だったよね」
拓海くんが作ってくれた朝食を食べながら、訊いてみる。
記憶の中にある拓海くんは、本当に大人の態度だった。
「だって、美桂ちゃんも平気そうだったじゃない、記憶無くしてても。美桂ちゃん、感情の起伏が激しいから、ああいう状態だととことん落ち込むだろ?」
「あ~、うん。そうかも」
病院での私は確かにそうだった。
「僕のそばで平気で居られるのなら、やり直せると思っていたんだよ」
拓海くんは、何でもないように言っているけど。
「また最初から、美桂ちゃんとの関係を作り直すくらいの覚悟はあったからね」
並大抵の覚悟じゃ無かったろうに、やっぱり『何でもない事なんだよ』って感じで言ってくれるから。
だからかな、安心していられたのは……。
「早くお義母さんたちに、知らせなきゃね。ああ、会社にも……。僕のリフレッシュ休暇も、短縮の手続きしなきゃ」
拓海くんは、パタパタと食べた食器を片付けながら言っている。
こんな感情も、慌ただしい日常に紛れていくのかな。
「美桂ちゃん、電話しなよ」
「ちょっと待って、着替えてくるから……」
でも、少しくらい余韻に浸らせてほしいよ。
せっかく、拓海くんに惚れ直してるところなんだからさ。
おしまい
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