番外編 ~記憶の迷宮~
第1話 わたしはだあれ?
気が付いたら、消毒の匂いがするベッドで寝ていた。
病院? 私は、上半身を起こす。頭に痛みが走った。
「……ったた」
思わず頭に手をやる。するとそこには包帯が巻かれていた。
周りを見ると、狭いけど個室の病室のようだったった。
棚には、いかにもお見舞いですっていうような、果物籠やお花、菓子折りがたくさんあった。
『相沢美香様。
君の現場復帰を待っている。
グループメンバー一同』
なんてメッセージもある。
ドアの外から話し声が聞こえてきた。病室のドアが開く。
「そうなんですよ、お義母さん。それで……」
談笑しながら男女二人が入ってきた。男性の方が先に私が起き上がっているのに気づく。
「美桂ちゃん。気が付いたんだね」
そう言ったとたん、その男性は私に抱きついてきた。
「良かった~。僕、もうどうしようかと思ったよ」
その横で、年配の女性の方がナースコールを押していた。
「あ……あの」
なんで、私は知らない男性に抱きつかれてるの? それとも、私が忘れてるだけ?
私……わた……し? 誰?
「美桂ちゃん?」
私に抱きついていた男性はきょとんとした顔をしていた。
「あ……あのっ。誰ですか? あなた。私の事知ってるの?」
年配の女性の方は、露骨に驚いた顔をして、男性の方は、少し情けない顔になった。
「記憶喪失……ですな。職場で転倒した時に思いっきり頭を打ち付けているので、そのせいでしょう」
病室に来たお医者さんは、私たちにそう告げていた。
なんだか、お約束な展開で、記憶は戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。
ただ、日常的な動作も難なく出来るし常識も残っている。仕事も記憶を無くす前にしていたことは、習得が早いのでは無いかという話だった。
まぁ、可能性の話で、やっぱり新人と同じスキルかもしれないけど。
今は、病室に家族みんなが集まってくれている。
家族という実感は、無いけど……。
うちの父母、お義父さん、お義母さん。
そして私の夫だという相沢拓海さん。私と同じ年で幼馴染婚なんだそうだ。
身体の方はもう元気になったので、退院出来るらしいのだけど……。
やっぱり、夫だという拓海さんのところに行くことになるのだろうか。
「美桂ちゃんって呼んで良い? いつもそう呼んでたんだけど」
拓海さんが、遠慮がちに訊いてくる。
「はい」
その方が良いと思う。いつも通りの方が、早く思い出せるだろうし。
「美桂ちゃんは、しばらく実家に戻る方が良いと思うのだけど。親元の方が、のんびりできると思うから」
親……って言っても、見知らぬ人たちには変わりない。
「拓海さんは、記憶のない私は迷惑ですか?」
拓海さんは驚いた顔で私を見た。
「迷惑じゃないけど……そりゃ、美桂ちゃんが帰ってくるのはうれしいけど……。その……、僕ら夫婦だったんだよ?」
「はい。でも、それが私の日常だったのでしょう?」
多分、この時の私は拓海さんの戸惑いと心情は理解できていなかった。
ただ、日常に近い方が思い出すのも早いだろうとそう思っただけで。
なのに、目の前の拓海さんは優しく笑うんだ。
「そうだね。じゃあ、僕のところに戻ろう」
そう言って、拓海さんは自分の両親と私の親に了承を取り付けていった。
拓海さんが運転する車で、自宅マンションに戻る。
中はきれいに片付いていた。私の意識が戻ってから一週間は経っているのに、掃除も何もかもが行き届いている。
キッチンとそれに続くリビング。部屋は二つ。
一つは子どもが出来た時用に空けてある部屋なんだそうだ。
もう一つは、私たち夫婦の部屋。
開けてみると、どでんと大きなベッドが……っていうか、ベッドが部屋のほとんどを占領している。
「ああ、それね。美桂ちゃんがそのベッドがどうしても良いって言って買った物なんだよ。売り場で気に入っちゃってさ」
「はぁ」
「奥のクローゼットに適当に荷物置いてて、後で整理するから」
そう言って、拓海さんはキッチンに向かった。
「あのっ。何を……」
「病院食、昼までだったからおなかすいたろう? 食材買ってないから簡単なものしか出来ないけど、何か作るよ」
「あっ、私が」
「心配しなくても、美桂ちゃん僕の料理美味しいって食べてくれてたから大丈夫だよ」
拓海さんは笑って言う。
確かに手際が良く料理をしている。そして、出来上がったものは美味しかった。
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