番外編 午前三時の小さな冒険
午前三時の小さな冒険
真夜中に目が覚める。
ずっと待っているのに、まだ来ない。
私は、広いベッドの上でボーッとして座ってた。
時計の針は三時をさしている……月明かりで、ぼんやりと見える程度だけど……。
「あれ? 美佳ちゃん?」
私の横で、もぞもぞとしている。
「ごめん。起こしちゃった? 拓海くん」
拓海くんは、ボーッとしながら、それでも起き上がってきた。
大あくびをしている。そりゃそうか、平日の真夜中だし。
「んー。今何時?」
「三時……かな。多分、よく見えないけど」
「で、美佳ちゃんは何してたの? ベッドの上で膝抱えて」
ん~、言ったらバカにされるかな?
「待ってるのに、来ないの」
だから私は、無難なところを言った。
「へ? この間あったの、いつだっけ?」
えっとぉ~って、何真剣に考えてるのよ。
「いや、生理は順調。じゃなくて……」
「もしかして、赤ちゃん欲しい?」
拓海くんが真剣な顔をして聞いてくる。欲しくないわけじゃないけど……。
「拓海くんは、欲しいの? お父さんになりたい?」
私は、伺うように聞いてみた。だって、仕事を優先したいって言ったの私だし。
拓海くんは、質問に質問で……なんて、子どもじみた事、言わずに答えてくれた。
「そりゃあ、まぁ。欲しいけど、今は無理でしょ? 美佳ちゃん、新プロジェクトのメンバーだし」
「ごめんね」
「いいよ、別に。それで、そっち関係じゃなかったら、何待ってるの?」
そっち系で寝られないほど悩んでるんじゃないなら、何なのさって感じで言ってきた。
真夜中に起こしてしまってるのに、こんな話聞かせて良いのだろうか? 仕事で疲れているのに、馬鹿な子ども時代の妄想を……。
「昔ね。夜中に起きて暗闇の中、天井を見上げてたら沢山のお菓子や飴がふってきてたの。もちろん、幻だから触れなくて。手を伸ばしたところで消えてたのよ」
「昔から、食いしん坊だったんだ」
「失礼ね、王子様だって出て来たんだから。格好良く戦って、お姫様を助けてくれるのよ」
「ふ~ん。王子様、ねぇ~」
あっ、ちょっと機嫌が悪くなった。ムッとしちゃったかな。
「小さい頃、古い木造の家に住んでたことがあってね。眠れなくて不安になった私をあやすように、そんな
ふ~ん、って感じで拓海くんは聞いていた。
「だから、真夜中に起きたときは、何か待つ癖が付いちゃって……」
もう一度、子どもの頃の、あの懐かしい幻想にひたっていたかったのかもしれない。
私が感慨深く思っていたら、いきなり腕を引っ張られて転がされてしまった。
え? と思ってると。掛け布団を掛けながら拓海くんも一緒に寝転がってくる。
私を抱き込みながら
「さっ、明日も……いやもう、今日か。仕事なんだから、もう少し寝ようよ」
そう言って、拓海くんは目を閉じてしまった。
「怒った?」
「別に? 夜中はまだ寒いんだから、妄想なら僕の腕の中ですれば良い。おやすみ」
そう言いながら、拓海くんは私のおでこにキスをして、寝てしまった。
寝られない……多分、今寝たらお昼過ぎまで寝てしまいそう。
そう思って、腕から抜け出ようともぞもぞと動くけど、ガッチリ捕まえられていた。
「寝ないなら、襲うよ」
頭の上から、いつもより低い声が聞えた。
げっ、拓海くん本当に怒ってる。
「お……おやすみなさい」
「ん」
私を抱き込みなおして、拓海くんはまた目を閉じた。
暖かい、やだなぁ~。起きられなかったら拓海くんのせ……い……。
夢を見た。
現実にはこんな風景無いから、これは夢だ。
森があって、森を抜けたところにお城があって、日本にこんな場所は無いっていうか、なぜか背景が、子どもが描いたようなクレヨン画になっている。
ああ、でも子どもの時に見てた幻想もこんな感じだった。
立体感の無い木に、赤いクレヨンでグルグル描いただけの、リンゴもどきがなってるけど、食べられるのかなぁ。手でリンゴもどきをもいで、かじってみる。
シャリッ。
「おいしい」
不思議だ、ちゃんとリンゴの味がした。見た目、クレヨン画なのに……。
ガオーッ。
声の方を向くと、なんかやっぱりクレヨンで描いた絵本に出て来そうなゴジラ? で、良いのか? が、森を荒らしていた。
キャーキャー逃げ惑う、簡単な絵の人間……たち? いや、どっから沸いて出た。
居なかったよね、今まで。
あっ、ゴジラがクレヨンの火をふいた。見た目、火に見えないけど……。
火に見えないくせに、森に火の手が。クレヨン画じゃ迫力がいまいちだけど。
子どもが落書きしたような、火がポツポツとあるって感じ?
ゴジラ暴れながらこっちに来てるし。
本当なら、恐怖におののく
「姫。こちらへ」
いきなりグイッと腕を引っ張られる。慣れないドレスを着てるせいか、転けそうになった。ってドレス着てたんだ。クレヨン画だけど……。
私は、王子様の腕の中に収まってしまった。私を抱き込んだまま、まっすぐ線が引けなかったのね、って感じのよれた剣をふるう。
王子様の服も、クレヨンで描かれてるなぁ~。
これは、あまり王子様も期待出来ないと思って顔を上げると……。
「あれ? 拓海くん?」
拓海くんだ。拓海くんが戦ってる。うわ~、どうなってるの?
戦ってる拓海くん、かっこいいよぉ。縦縞の提灯ブルマと白タイツ姿だけど。
そんなこと思っている間に、こちらに向かってゴジラが火をふく。
「姫、危ない」
拓海くんが、私を庇いながら後ろに下がる。クレヨンの火が拓海くんの手をかすめた。拓海くんが、顔をしかめる。
「火傷したの?」
とっさに私は、拓海くんの手を取る。赤くなって手の甲の皮が少しむけてた。
思わずそこに唇を近づけてしまったけど、水で冷やさなきゃだよね。
どこかに川とか……。私がオロオロしてると、拓海くんが嬉しそうな優しい目で私を見ていた。
「姫。癒やしの力をありがとうございます。これで、十人力。ゴジラを倒すことができます」
「へ? え?」
何、言ってんの? 拓海くん?
「ちょっ、まっ」
私が止めるのも聞かず、よれた剣で拓海くんはゴジラに突っ込んで行った。
ゴジラは紙切れのように斬れ、拓海くんは、無事ゴジラを倒すことが出来た。
「無事? ねぇ、怪我は?」
「姫。姫のおかげです。どうか私と城へ……」
身体が揺れる。
クレヨン画の世界がゆがんでいって……。
「……さだよ。もう起きないと、遅刻だよ。美佳ちゃん」
私は、身体をゆさゆさ揺すられて、起こされていた。
「王子……さま?」
「何言ってんだかね。おはよう。朝食作ったから早く食べて」
拓海くん、シャツとズボンの上からエプロンしてる。
「ん~」
「ああ、目を擦らない。赤くなるよ。ほら、起きて」
コーヒーとパンが焼けた匂いとハムエッグかな? この匂いは……じゃなくて。
「ごめん。今日の朝食、私の番だった」
慌ててベッドを出る。
「いいよ、明日と交代で。それより寝言で僕の名前呼んでたけど?」
「うん。拓海くん、夢の中でかっこ良かったんだよぉ」
私は、拓海くんと腕を組んでリビングに向かう。
今日から、新プロジェクトも始まるし、いつも通りの慌ただしい日常が始まる。
子どもの頃の夢は……心の中にそっとしまって……。
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