私の快適空間

「よく親と同居で、結婚する気になったよねぇ。しかも、招待状来ないと思ったら、式はまだ先なんだって?」

「信じらんない。相沢くんの言いなりじゃない」


 久しぶりに会った、大学時代の悪友二人は言いたい放題だ。

 それだけ、仲が良い証拠なんだけど。

 私たちは、それぞれの希望だった会社に就職できてホッと一息吐いていた。

 それで、近くの喫茶店で会おうって事になったのだけど。


「拓海くんのご両親、良い人だよ」

「いくら良い人ったってね」

 嘘じゃ無いんだけどな。良い人って言うか、ずっともう十数年も一緒にいたから。


「私が幼稚園の頃から知ってるから、今更なんだけど……。多分、向こうも。それにずっとって訳じゃ無いって、拓海くんが……」

「何、それ。そんなこと信じてるの? 騙されてるんじゃないよ。実家の方が甘えられて良いとか、思ってるんじゃない? 相沢くん」

「思ってる……拓海くんの実家すごく良い。仕事から疲れて帰ってきても、ご飯出来てるし、お風呂沸いてるし、掃除完璧だし、お布団ふかふかだし、お義母さんステキ」

 私は、今の幸せな環境を思い返してうっとりしてしまった。


 悪友二人がゲンナリした顔をしてる。

「……おい。それって」

「美佳が甘えてるんかぃ」

「快適だよ。料理もね、教えて貰ってるんだ。相沢家の味。でも、拓海くんが作ってくれる料理と味変わらないんだよね」

「あ~。はいはい、式が決まったら連絡してよね。必ず出席するから」

「ありがとう、二人とも。我が心の友よ」

「どこのジャイ〇ンだ、あんた」

 そう言って、三人で笑い合って、別れた。



 就職先を別々にしようと言ったのは、拓海くんだった。

「だってさ、今のご時世だとどんな会社でもいつ倒産してもおかしくないだろ? 違う会社、違う業種だったら、片方がダメになっても再就職するまで何とかなると思うんだ」

 なるほど、しっかり考えてるんだねぇと思って同意した。

 まぁ、もともと拓海くんと行きたい方向が違うのもあるんだけど。


「だからね。会社がある日会えないし、もしかしたら休みも合わないかも知れないし。大学出たら、結婚しようよ」

「はぁ? お金も無いのに? 無理だよ。生活どうするのよ」

 ちょっと見直したと思ったら、すぐこれだ。ちょっとは、現実見てくれ。


「お金貯めるまで実家で暮らして、仕事覚えて落ち着いたら式を挙げよう……だから、ね」

「ねっ、じゃない。馬鹿たれ。乙女の夢を何だと思ってるんだ」

 私は、さんざん怒って、反対した。だけど、あいつは外堀から埋めていきやがったんだ。ちくせう。

 気が付いたら自分の親はともかく、私の親まで納得させてしまってた。

 これじゃあ、私一人が子どもじみた我儘言っているみたいじゃない。


 結局、大学卒業後すぐに入籍して、三月中に相沢宅にお引っ越し。

 会社には、最初から相沢美佳で出社した。

 友達の言う事は、当たってる。

 私は、『何の主体性も無い女のように、拓海くんの言いなりになってしまった』と、第三者からは見えるだろう。


 だけどね。

「ただいま~」

「お帰りなさい、美佳ちゃん。お腹すいてる?」

「あ、いえ。さっき茶店サテンに入ってお茶したんで、まだ……」

「そう。じゃ、お風呂済ましちゃってくれる?」

 お風呂には……時間が早いような?

「明日雨なんだって、そのブラウス洗うでしょ? もう、今日は帰ってきた順番に風呂に入って貰ってるのよ」


 なるほど、洗濯したいのか。

「わっ……かりました~。ちゃちゃっと入って来ます」

「あら、お風呂はゆっくり浸かってね。今日は、美佳ちゃんの好きなナスの煮浸しもあるのよ」

「やった~。お義母さん大好き」

 スリスリスリ、思わず。頬ずりしちゃう。

「あらあら。嬉しいわ、私も美佳ちゃん大好きよ」


「ずるい。母さんだけ……」

 その光景を見て、拓海くんがブスくれている。

 いたんだ……。


「ただいま。拓海くん」

「……おかえり」

 拓海くんが、両手を広げて待っているのをスルーした。

 お義母さんの目の前で何やろうとしている、あんたは。

 部屋に戻るのに、拓海くんが付いて来ている。

「ずるい」

「拓海くんの希望通りでしょ? 結婚して実家暮らし」

 何がずるいんだか。全部、あんたの希望通りでしょうが……。


「早く、ここ出られるように、頑張るから。僕」

「え~、良いよ。私、お義母さんもお義父さんも大好きだし」

 部屋でタンスから着替えを出しながら言う。

「さ、お風呂、お風呂……っと」

 不満そうな拓海くんを、尻目に私はお風呂に急いだ。その後ろで

「絶対、頑張ってお金貯めて、早いうちにここ出るからね」

 って叫んでるのは……まぁ、気のせいって事にしておこう。

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