拓海くんのお客様
その日、朝起きたらベッドで隣に寝てるはずの拓海くんがいなくなっていて……。
キッチンの方で何やらごそごそしていた。
「何やってるの? 朝早くから……」
私は洗面を使ってから、台所に行くと何やら、軽くつまめるものを数種類作っている。
後は、焼くだけ揚げるだけの状態で、冷蔵庫にしまっていた。
「あ。美佳ちゃん、おはよう。あのさぁ、今日会社の飲み会なんだけど」
「うん。遅くなるから夕飯いらないんだよね。……で、今しまったのは?」
「あの……さ。もしかしたら、いや無いと思うのだけど、もしかしたら飲み会帰りにここに来る人がいるかもしれないから。もし、来たらこれ。焼くだけにしてるから、サッと焼いて出してくれる?」
「それは、かまわないけど……。珍しいね、拓海くんがうちに同僚連れてくるの」
「来ないかも知れないけど」
なんだか、拓海くんの挙動が不審だ。
だけど、お互い朝の忙しい時間で紛れてしまい。それ以上、詳細は聞かなかった。
会社から帰って、一人でご飯食べて風呂入って思い出した。
そういえば、今日人が来るって言ったじゃん。
服着て、化粧して……ちゃんとしとかないと。
男の人の前で油断した恰好してたら、拓海くんからまた『警戒心の欠片も無い』って言われちゃう。
飲み直し用のお酒あったかなぁ。ビールで良いかなぁ。
あれ? 珍しい。ビールしか無い。拓海くんにしては、抜けてる。
他のアルコールを買ってないや。
「ただいま~」
あ、帰ってきた。
私はパタパタと玄関に出迎えに出た。
「お帰り。ビールしか無いけど良かったか……な?」
誰?
なんか、嫌な感じ。
拓海くんの後ろから、ぴょこんと出て来た女性。
私より若くて、可愛らしいって感じの……。
何、拓海くんの腕にべたべた触ってんのよ。
彼女は腕を組みたいのだろうけど、拓海くんがかわしてるって感じ? 私の前だから?
「あら、可愛らしいお客様ね。いらっしゃい」
私は、意地でこんなの何でも無いわ、って顔で笑って見せた。
「お……お邪魔しま~す」
「彼女は、会社の新人の子で、加藤さん。悪いんだけど、何か出してやってくれるかな」
ふ~ん。
「どうぞ。適当に座ってて」
私は朝、拓海くんが用意していた物とビールとか出して、キッチンに引っ込んだ。
さて、どこに行こうかな。最初は、借家かな。
真剣に、家を出ることを考えながら、残りのおつまみを用意していると、不意に後ろから抱きしめられた。
「ごめん、美佳ちゃん。あの子、ずっと……。僕が結婚してるって言っても、離れてくれなくて……。おねがい。後で何でも買ってあげるから、協力して」
はぁ、ふざけないでくれる? 今ねぇ、離婚後の算段してたんだから。
そう言おうと思って、拓海くんの腕の中で振り返ったら、肩越しにあの子が来るのが見えた。
「主任~。相沢主任。まだですかぁ~」
「美佳ちゃ~ん」
私は、拓海くんの背中に手をまわした。それを了解と取ったのか、拓海くんがちょっと激しめのキスをしてくる。
「ん。っふ……」
キスの途中、拓海くんが顔の角度を変えたとき、何気に目を開いたら、彼女と目が合った。
私は、拓海くんの背を軽く叩く。
キスを止め、振り返る拓海くんの後ろで、私は彼女に向かって余裕の笑みを見せた。
「わ……私、帰りますね。ごめんなさい、お邪魔さま」
彼女は、バッグと上着をとり、バタバタと玄関から出て行ってしまった。
「あ……ありがとう。美佳ちゃん」
本当に無神経。なんでこんな男がモテるんだか……。
「マンション」
「へ?」
「ワンルームマンション。なるべく、職場の近くが良いわ」
ええ~? って、また、情けない顔になっている。
「あら、何でも買ってくれるって言ったじゃない」
「言ったけど……。言ったけど、そういう問題じゃ無いよね」
私は、ベッドルームのクローゼットに向かう。
「ごめん。ごめんなさい。美佳ちゃん、捨てないで」
いや、情けなさすぎるでしょう? 拓海くん。
泣きそうな顔で、女に縋ってるなんて……。
なんて、油断してたら……そのままベッドに一緒に倒れ込まされて、有耶無耶にされてしまった。酷い……。
後日、高額すぎて眺めているだけだった春物コートとワンピース、それに似合う靴とネックスまで買って貰った……けど、わりにあわな~い。
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