第11話 お悔やみとエラ
私たちは修二がいれた緑茶を飲んでいた。
ふうと息をつくと、考えを巡らせた。さて、なぜ私はここにいるのだったか。そもそも何か目的があった気がしたのだが。
そう思案していると、不意に修二が言った。
「コータはどうしてる」
私は懐かしい名前に少し驚いて、こう返答した。
「…亡くなったよ。3年前。16歳。老衰だ」
「そうか」
コータは私が子供の頃に家で飼っていた柴犬だった。修二とコータが初めて出会った時、コータはちょうど10歳だった。私と修二によく懐き、一緒になってたくさん遊んだ。修二はコータのことが大好きだったのだと思う。
コータは私が中学校に入学するのを見届けると、眠るように亡くなった。16歳、長生きなほうだろう。
私は修二がコータを覚えていたことを、少し嬉しく思った。
「覚えていたんだな」
「当たり前だろう」
さも当然かのように修二は言って、軽く頭を下げた。
「遅くなったが、お悔やみ申し上げる」
「恐れ入る」
私も軽く頭を下げた。
こいつは遅刻するし、授業をサボる倫理観破綻野郎だ。しかし生物の生き死にや、かつての親友についてきちんと敬意を払う男でもあった。私は修二の言葉を素直に受け取った。
「懐かしいな」
修二は昔に思いを馳せているようだった。
「お前らの匂いも久々だ」
匂い、というワードに私はピクリと反応した。
「おい変態。お前その匂いがどうたらこうたら言う癖は治っていないのか」
私は思い出した。
「教室で私を見てやはりと納得していたようだったが、まさか匂いでわかったとか言い出さないよな」
「匂いでわかった」
そう言えばアパートからも私の匂いがするなどとほざいてもいた。私は子供の頃から何度も匂いを嗅がれていた。そして先ほども。
それに気付いてカッと全身が熱くなった。羞恥に身悶えた。思わず後ろに飛び退いた。
「私の匂いを嗅ぐな!」
「いや、同じ空間にいるだけですごいぞ」
「呼吸するな!」
「死ねと?」
「エラ呼吸でもマスターしろ!」
修二がケラケラと笑っていた。
「もしくはアレだ、鼻で呼吸をするな」
「口呼吸は寿命を縮めるっていう説が」
「早死にしろ」
キリがない。
そうだ。これを口止めしなければならないんだった。
「おい、私の匂いの話は絶対に学校でするな、絶っ対だ!」
「なんで?」
「恥ずか死ぬだろうが!」
「人間はそんなに簡単に死なん」
「戦場を生き延びた老兵か、お前は!」
私は修二をキッと睨み付けた。
「それから、家が隣同士だということも秘密にしろ」
「えー、面倒なやつだな」
修二は呆れた様子だった。
「弘樹と花蓮ならいいだろ?」
「その二人こそ絶対に駄目に決まってるだろ!」
二人のことは信用している。
だが、いくら何でも匂いを嗅がれているとか!家が隣だとか!
絶対にからかってくる。恥ずか死ぬ。
高校生活3年間をからかわれ続けるなど。
恥ずかしい思いで過ごし続けるなど。
絶対に御免こうむる。恥ずか死ぬ。
修二は最後まで「そんなに気にすることかね」と、ヘラヘラしていた。
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