クラウドナイン・ハンターズ
うたかた まこと
1章プロローグ
始まりの音が響く、黄昏時が始まる、始まりの鐘が鳴る――――。
この都市で戦うものたち、ハンターたちが皆空に耳をそば立てる。
ここでも二人のハンターが、その鐘の音を待つ。
ピピピッ静かな夜に『リンク』のアラームの音が鳴る。
それに数秒遅れて、荘厳な鐘の音が響く。それは本当の音ではない。起きている人にだけ聞こえる、魔法の音。
それは毎夜の戦いの時間を告げている。
魔物が現れる、『黄昏時』の始まりを。
ここは、建物の中。
壁に等間隔に並ぶオレンジの魔法灯。
その壁沿いにいくつものスクーターや自転車が置かれていて、オレンジの灯りに照らされて長い複雑な形の影を作っている。
暗い影の一つの中で、黒い炎が揺らめいて現れた。
「あそこだな」
人気のない夜中の駐輪場で一人の男性がつぶやく。
本人も気にしている童顔。それに見合わない鋭い瞳は、影のなかさえ見据えているようだ。
シオン・アイグレーは銃を構えている。片手で持てる、ごく普通のサイズの銃。
その目、感覚は真実、影さえ見通している。
シオンは魔力の流れを探知し、黒い炎に向けて銃弾を一発撃ち放つ。
それは、手のひらほどの大きさの黒い炎に過たず当たり。黒い炎は灰のように崩れて消える。
だが、その黒い炎のちょうど後ろに隠れていたのは、もう一つの黒い炎。
手のひらサイズのそれは、ブルリと生き物のように身を震わせ、姿を変える。
現れたのは漆黒のこうもり。まるで陰から切り抜かれたシルエットのようにのっぺらとした光を飲み込むような黒色をしている。
翼を羽ばたかせてこうもりは飛ぶ。陰から蔭へ。光を避けて、シオンから逃げるように。
「まとを外したのか、いつも人に狙いを外すなとうるさいくせに」
それを見ていた者、駐輪場にいるもう一人の男がやゆするように言う。
「外したわけではない!一匹は倒した。もう一匹すぐ近くにいたんだ」
シオンが銃をもう一つ取り出し、持っていた銃をしまう。そして影に潜むこうもりに当てようとしながら、反論する。
「つまり、魔力探知のミスだな」
自分の失態を認めようとしないシオンに、男、フレイヤ・ミストラルが言い放つ。
「違うだろ。もともと依頼書には一匹魔物が発生した、としか書かれていなかった。だから気が付かなかっただけだ」
シオンは反論しつつもこうもりの魔物の気配を追う。
だが、障害物が多すぎる。
こうもりは動きが素早く、そのうえこの暗がりだ。そして、シオンがやっと銃の射程圏内に魔物をとらえても、魔物はシオンの足音を察知し、違う暗がり、障害物に隠れてしまう。
さしものシオンも焦る。走っては逃げられ、息を殺して静かに近づいても逃げられる。
シオンの銃を持つ手に汗がにじむ。
とりあえず、状況を好転させるために、銃弾を一発こうもりの気配に大体あたりをつけて放つ。
シオンの使う銃弾は魔法弾だ。着弾点に輝く魔方陣が浮かび上がる。だが被弾してもその場に傷がつくことはない。シオンの持つこの二つ目の銃は攻撃魔法の銃弾ではないからだ。
この仕事の損害補償金は低い。
つまりは、何かを壊せば、自分たちの懐から払わなければならない。だからシオンはこちらの銃に持ち替えたのだ。
魔法弾の光が魔物の姿をほんの一瞬、とらえる。
「フィン!シールドを張りつつ魔物を追尾してくれ」
シオンがフレイの肩に乗っている小さな猫ほどの大きさの羽根つきトカゲに命ずる。
クゥエー!フィンは叫ぶように鋭く鳴き。
自らの周辺にシールドを展開して魔物を追尾すべく飛び立つ。
シオンが魔物のそばに魔法弾を当て、フィンはそれで魔物の位置を把握し、追いかける。
フィンの周囲に張られた輝くシールドが、魔物を照らし出す。
だが動きは魔物のほうがわずかに早い。フィンのほうがだんだん引き離される。
それを黙ってみていたフレイは、腕時計型端末『リンク』から伸びた空中に浮かぶ画面を見て思案する。その画面にはこの魔物退治の依頼書と、建物の構造が書かれている。
このビルは九階建てのすべて駐輪場の建物だ。
そしてこの階は九階であり、屋上への階段が存在する。その屋上は、クラウドナインのビルとしては通常通り空中バスの停留所になっている。
フレイは考えた末にコートの中に手を入れて、魔具を取り出す。
魔具。魔方陣と魔力クリスタルにより、魔法を使う道具の総称だ。
フレイは円盤状のその魔具の中心に据えられた魔力クリスタルに、自分の魔力を注ぎ込む。
同時にまばゆいばかりの光の洪水があたりを覆いつくす。
「フレイ!?一体何をしているんだ!」
目を凝らして魔物を追っていたシオンが悲鳴を上げる。
フレイは一人、光に目を慣らして光の中影を帯びて飛んでいく魔物を見る。
魔物は想定通り、屋上へ逃げていく。下への階段もあるが、飛行系の魔物なら上空を目指すだろうというフレイの予想だった。
フレイはすべるように飛んで途中でシオンを荷物のように抱え上げ、屋上へ魔物を追いかける。飛行魔法。それも呪文なしである。意識だけで使える種類の魔法。固有魔法。
「なんだよ!フレイ!説明ぐらいしろ!」
そして、文句を言うシオンを抱えて、魔物とともに屋上に出る。
今日は満月。秋の澄んだ空気に満月は冴え冴えと輝く。街の灯りにも負けない、星より確かな灯り。
フレイは屋上にシオンを下す。
シオンは文句を言ってはいたが、フレイの意図を理解していた。銃を、すでに構えている。
目はまだ光にくらんでいる。だが気配は追える。
シオンは目を閉じたまま、その銃弾を空へ羽ばたいていくこうもりの魔物に当てて見せる。
魔物は空中で動きを止める。
シオンのその銃の放つのは静止魔法の弾丸。
そして、そのそばに狙いを定める魔法の発動光が灯る。その光は、魔法が発動する直前に現れて、魔法が発動する場所を示すもの。
こうもりの魔物からはそれた場所に現れたそれは、並の魔法では攻撃が当たらない距離。
だがしばらくのちに爆音と爆炎。強力無比な爆発魔法が魔物を飲み込む。
弱い魔物はそれだけでひとたまりもない。灰のように崩れて消えてしまう、その姿さえ見えない過剰なまでの爆発。
「よし」
それを放った本人、フレイは気にする風もなくただ魔物の消滅を確認する。
「よし、じゃないだろ!」
シオンがありったけの声でつっこむ。
「魔物を倒せたんだから問題ないだろう」
フレイが涼しい顔で言う。
「いや、そういう問題じゃない。お前は今、危うくへスぺリデスのシールド塔を爆破するところだったんだぞ!」
シオンが血の気のひいた顔でまくしたてる。
それを聞いて、初めてフレイは駐車場のビルの隣にそびえる、奇妙な塔に目を移す。
確かに、先ほど魔物を倒したあたりと近い。
フレイの爆発魔法で破壊されなかったのは運がよかっただけに違いなかった。
「…お前が、蝙蝠の魔物をもっといい場所で止めなかったせいだ」
フレイがシオンに言いがかりをつける。だが目をそらしている。
へスぺリデスのシールド塔は、クラウドナインの要だ。
魔物を封じるへスぺリデスのシールドベルと連動している魔方陣たる塔なのだから。
直せないことはない。ただそれには多額の修理費がかかる。そしてあのような小さな魔物を倒した報酬では大赤字になることが確実だ。
「それだけじゃない。お前、灯りの魔具を壊したよな?それがいくらすると思っているんだ!あのレベルの魔物の退治の収入より高いんだぞ!」
シオンが言うことはもっともで、フレイは少し気まずそうにする。
「それもそうだな」
とりあえずは認める。
ピピピッ。シオンの『リンク』が音を出す。魔法メッセージの受信音だ。
「なんだ?リックからだな」
シオンの意識がそれる。追及がごまかされてフレイは少しホッとする。
「なんか、やっかいなことになっているみたいだな」
シオンがメッセージの表示された空中画面をフレイに送る。フレイはそれを『リンク』で受け取り読む。
「救援求む、か。無視するぞ」
「リックとはクランで一緒に戦うこともある。貸しは作ったほうがいい」
フレイが言い、シオンが反論する。
貸しは作るというのはシオンの言い訳に過ぎない。理論に弱いフレイを納得させるための言葉。結局シオンという人物はお人よしが過ぎるのだ。困っている人を見捨てられない。
「…仕方がない、行くか」
フレイが嘆息して言う。
フレイとしては、シオンがつけこまれているのだとは思う。リリックがフレイには救援のメッセージをよこさなかったのは黙殺される可能性を考えてのことだろう。つまりシオンなら来てくれると踏んだのだろう。
だがフレイとしても、魔具を壊した手前シオンに反論しづらい。
「場所は学校だな。早く行ったほうがいいだろう。じゃあ、行くか。フィン、五十パーセント拡大だ。俺を乗せていってくれ」
羽根つきトカゲのフィンの首輪の魔具が輝き、フィンが一回り大きくなる。
そのフィンの背にシオンが乗る。そしてフレイたちは屋上から、空へ。
駐輪場の近くの鉄の塔が彼らを見送る。
鉄の枠組みで組み立てられた鉄塔はクラウドナインの端に位置するこの辺りではひときわ高く、魔都クラウドナインの全貌を眼下に一望することができる。
簡素な塔だが重力に逆らい空に伸びるための建築学的な構造が無駄のない造形になっている。
人工の建造物ではあってもその姿はまるで何かの古い時代の生き物の残した骨か、立ち枯れた植物の名残を思わせた。
高さは違うがその塔と似た建造物が街の中心を取り囲むかのようにしてそびえ立っているのが見える。塔から見える都市の建物は三階建てかそれ以上の高さにそびえており、中心部に行くに連れてより高い建物が立ち並んでいる。
塔は無機質の建築物で埋め尽くされた街にどこか有機的なやわらかさを加えていた。
ここは魔都クラウドナイン。
最も高い九階層の雲を意味するクラウドナインから名付けられた都市だ。この都市は古き森から空へ隆起した平たい土地であることから高い場所にある都市という意味でクラウドナインと呼ばれるようになった。
クラウドナインは天国に最も近い場所という意味も持ち。最高の、天上のものという意味を持つ。
また、そこから派生して最高の気分という意味もある。その冠された名に負けずクラウドナインは世界最高の都市のひとつとして数えられるようになった。
だがこのクラウドナインを天国と呼べるかどうかは人による。
なぜなら同時に魔法犯罪が多く、魔物の発生率も高い都市であり、クラウドナインは世界に名をとどろかせる魔都の一つとして数えられている。
そして、この日、このクラウドナインで、この夜に。
アルトはこの二人のハンター、シオンとフレイに会うことになった。
のちにクラウドナイン・ハンターズと呼ばれることとなる、彼らと。
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