第19話 禁断症状

「お嬢様、お加減如何ですか?」

「……大分、マシだ。確認だが……ここは、屋敷か?」

「はい、お屋敷です。……寝言ではありましたが、魘されながら何度も帰りたい、と。なので帰って参りました。」


 寝言で言う程……帰りたかったのか、私は。


「……シルア。」

「はい、お嬢様。」

「……何でも良い。軽く……何か作ってくれ。」

「……!はい、直ぐに!」


 シルアは私を聞いて嬉しそうに廊下を駆けていく。

 ……ごめん、シルア。


『……結構、限界なんでしょ。』

「口に……言葉に、しないで……くれ。」


 何年かに1度ある、ストレスが溜まると起こる異様な飢え。

 ちゃんと、シルアの美味しい食事を摂ってるのに。食べても食べた気がせず、ただただ空腹だけが心を満たしていく。

 私は傍に居る九尾にもたれ、溜息を零す。


『人間でも、エルフでも駄目?』

「……無理だ。」


 もっと歯応えがあって、もっと抵抗力が欲しい。


『竜人は?』

「それなら竜を丸呑みにしたい。」


 恐怖が、絶望が、欲しくて、欲しくて。


「なら、良い物があるぞ、ご主人様。」

「ルーザ……?」

「もう少し、我慢してくれるか?後ちょっとで手に入りそうなんだ。」


 ……。


「……気になるから……待つ。」

「ありがとう、ご主人様。期待して良いぜ。」


 ルーザは悪意に満ちた笑顔を残してこの部屋を発つ。


「……なん、だろう……。」

『さぁ……。でも、楽しみだね。そうだ、愛し子は大人と子供、女と男、どっちが好きなの?』

「……気分。」

『今は?』

「恐怖や絶望なら女、子供。噛み砕いて、ボロボロにするなら大人、男。」

『成程。』


 飢えが私を蝕む。

 嗚呼、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい。


「……嗚呼。でも、アラクネーは……嫌だ。」

『そうなの?』

「虫が……嫌いなんだ。燃やし尽くして……この世から、消したい。」


 気持ち悪くて、気色悪くて仕方ない。


「……寝る。」

『お休み、愛し子。』




「―――。……。お嬢様。」

「……んぅ……。」


 シルア……?


「エルフの肉で作りました、おにぎりです。……もう少しの辛抱ですよ。」

「何で、知って……。九尾……?」

『私じゃ「いえ、ルーザです。今、ルーザとルイスが珍しい獲物を見つけたと嬉々として狩りを行っています。どうか、私達の事はお気になさらず。」

「それじゃ、お前が……。ルイス、だって……。」

「私達はいつも、与えてもらっていますから。……どうか、独り占めして下さい。」

「……分かっ、た。」

「主、まだご無事ですか!?」

「新鮮なの、持ってきた!!」


 ルーザは縄で縛られ、口を布で封じられている若い人魚を引き摺ってくる。部屋の端から見ても分かる程、恐怖に怯えた人魚を。


「どうだ!?食欲は!?」

「ありますか!?」


 ……。


「少し……だ、け。」

「で、では私がもっと美味しく見えるよう―――」


 弱る体に鞭を打ち、のっそりと近寄って倒れるように抱き着く。


「(ビクッ)」


 折角……獲ってきてくれたから。


「……頂き、ます。」


 腹を大きな口に変形させ、肋骨を絡めて拘束し、絡め付けてバキバキと骨を折りながら少しずつ捕食していく。

 人魚は悲鳴を上げ、何度も逃げようとするも私の骨は武器に出来る程に硬い。これくらい、うんともすんとも言わない。

 腰を折り、背骨を折り、腰を噛み砕き、鱗を全て剥ぎ、尾を折り、砕き、髪を斬り落とし、ここで少し回復してその綺麗な目を生きたまま刳り抜いて用意周到なシルアが持っているホルマリンで満たされた瓶に放り込み、最後にまだ生きているのを丸呑みにして、体内で溶かしながら圧迫し、砕き、噛み、消化する。

 ただ捕食するだけなのに疲れてバランスを崩した私を九尾とルーザが支えてくれる。


「ご主人様💦」

「シルア、お前は人魚の髪を。」

「ええ、ルイスは鱗を。」


 2人は私が意図的に剥ぎ取ったその2つを丁寧に回収し、専用の容器に入れていってくれる。

 ……本当に、優秀だな。


「……美味し、かった。やっぱり……人魚は鮮度と……若さが一番、だな。」

「(ホッ)じ、実はまだ数匹居るんだ。今度はシルアに料理してもらった奴を食べよ💦」

「ええ、期待してて下さい。瘴気で熟成させますので、今よりも絶望に満ちて美味しいですよ。」

「それは……楽、しみ……だな。」


 ……そうだ。


「九尾……背に、乗せてくれ。散歩が……したい。」

『どうぞ。』

「辛くなる前に帰ってきて下さい。……あまりにも遅ければ捜しに行きます。」

「よ、良かったら私の友人達を💦きっとお役に💦」

「ああ……借りていく。月が出る頃までには……帰る。」

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