第2話 「中学の修学旅行の思い出」
転移ゲートをくぐると、俺は草原に立っていた……。
だだっ広い草原を見て、異世界に転移したのだと改めて実感した。
「えーっと、移住者支援のための神殿は? 一緒に転送された人たちは?」
それらしきものは見当たらない。
ところどころに木や岩が見えるが、向こうに地平線が見えるくらい草原は続いていた。
これは何かが
先に転送された人が、俺と一緒に行動したくないからという理由で、転送された瞬間に即ダッシュしてどこかに隠れる。
まるで中学の修学旅行の時と同じような目に
それに百人も隠れられるような場所はこの周囲にはない。ところどころに木や大岩があるだけで見渡す限り草原なのだ。
例えボルト選手のように人類最速の足を持っていて、この世界に到着したと同時にそんなスピードで駆けたとしても、絶対に俺の視覚に入るはずだ。
『異世界転移センター』でされた説明では、港町ベイサイドシティーと目と鼻の先に飛ばされると言っていた。港町ベイサイドシティー、名前の通りとすれば近くに海辺ないし水辺に街はあるはずだ。
ところがどうだ?
辺り一面、草原じゃないか。
俺はとんでもない場所へ転送された可能性がある。
可能性というか――、
これもう絶対、間違いなくそうだろ……。
頭を抱えて絶望した!
◇
「とにかくベイサイドシティーに行かないと」
異世界転移センターで教えられたその街が、どこにあるのか全く見当はつかなかったが、とにかくこの草原にいては何も始まらないのだ。
俺は生きるために歩き始めた。
俺は行先もわからぬまま闇雲に歩いている。
地図もなければ、方角すらわからない状態だ。
だが、これに全く勝算がない訳ではなかった。
俺は異世界のことを少し知っていた。
歩いているうちに、街に
疲れてヘトヘトになった頃、遠くに街の灯りが見える、だとか、狼なんかに囲まれているところへ旅の騎士が現れて助けてくれるとかね。
それとか美少女がモンスターに囲まれているところに偶然、俺が遭遇しちゃって、眠っていた能力が発揮されて、女の子を助けて街まで一緒に移動するとか。
ありがたいことに草原の草はフワフワしていて、裸足で歩いてもまったく痛くなかった。
「歩こう! 歩こう! 進はぁ元気ぃ♪」
元気が出る替え歌を歌って自分を鼓舞した。
歩き始めて数分後、右足に違和感を感じる。
裸足に伝わる「グニュッ」とした嫌な感触だった。
俺はその感触に覚えがあった。
素足で踏んだことはなかったが、
頼む。アレじゃないでくれ! と祈りながら、恐る恐る足元を見る。
「なんだよぉ!
俺はブチ切れながら、右足で踏んだばかりの、柔らかくて
ひたすら草に
草原は夕日に照らされ黄金に輝いていた。
俺は草原でたった一人、地面に体育座りをしながら、その瞬間を眺めていた。
太陽が地平線に沈む様子を生れて初めて見て感動を覚えていた。
「自然って
本来飛ぶはずであったベイサイドシティーではなく、こんなヘンテコな場所に飛ばされたおかげで、こんなにも美しく、素晴らしい景色を見られたことに神に感謝する……
んな訳ねーだろ!!!
どうなってんだ!!
「
つい何時間前までは、異世界へ送り出してくれた両親や異世界転移センターへ感謝をしていた。
だけど、こんなことになるなんて話が違う。
やり場のない怒りが、数時間前に生き別れたばかりの両親と異世界転移センターの職員へと向いた。
◇
異世界にきて二日目の朝。
昨夜は草原の草の上に丸まって夜を明かした。
俺は草原で見つけた、大きな石の上で大の字になって空を見上げていた。
街に向けて歩かないのかだって?
歩かないというより、もう一歩も歩けないが正しい。
脱水症状にエネルギー不足。もう二十四時間以上、飲まず食わずなのだ。
ふらふらで行動できなかった。
この世界に来て二日目、よくこの何もない状況でここまで生き延びたと思う。
自分で自分を褒めたい。
さて、俺の目の前に死というものがそこにあるのだが、その実感はまったくなかった。
石の上で横になりながら、流れる雲を眺めている。
しかし、あの説明会のパンフレットでは『ファンタジーRPGのような世界が広がる夢のような場所で新しい人生を!』なんて書いていたけど、今のところファンタジー要素がゼロなのだが……。
異世界なのだから、魔法が使えたりしないものかね?
そう思って魔法をポツリと
「ファイヤーボール……」
空に向けて魔法を放ったファイヤーボールは、火の玉になるどころか自分の視界にすら現れることすらなかった。
「あーぁ、スキルとか魔法とか使いたかったなぁ……」
ん!?
おい!
ちょっと待てよ!!
ひょっとして、ステータスとか見られたりするのだろうか。
ファンタジー小説なんかで主人公がよくやる光景だ。
転移したら突然、何かの拍子にメニュー画面が開いちゃうってやつ! ひょっとしたら、ここでも有効なんじゃないだろうか?
そう思って早速試してみる。
「ステータス!」
だが反応はなかった。恐らくコマンドが違うのだろう。
「メニュー画面!」
「パラメーター!」
「スキル!」
……。
次々に思い当たるコマンドを声に出してみたが何も起きなかった。
しかし絶対何かあるはずだと、手当たり次第に声に出してみる。
「パワーオン! スタート! セレクト! 上上下下左右……」
などなど、ゲームに関するワードや異世界にありがちな言葉を試したが反応はなかった。
「はぁぁ……、こういう展開ならさぁ!」
俺は完全にブチ切れていた。
「ステータスとかいう言葉に反応するもんでしょ! 普通ならさぁ! つっまんねぇなこの異世界。本当につまんねぇ!」
親に捨てられ、この異世界に連れて来られて野垂れ死ぬ。この不条理に俺の不満ゲージは臨界点に達した。
「あーつまんね。
キ〇ガイゲージを完全に振り切った俺は、着ていた服を脱ぎ捨て全裸になる。
どうせ誰も見ていないのだ。
全裸になったって、なんの問題もない。
親も警察もいないどころか、人っこ一人いない世界だ。何をやったっていいのだ。
立ち上がって、両手を天に突き出して叫ぶ。
「うぉぉぉぉ!!」
もう残り少ない体力をありったけ使って全力で叫んだ。
「俺は山井進! 三十八歳中卒無職の童貞だぁぁぁぁ――!!!」
誰にも届かない俺の声が大草原に響いた。
しかし、急に立ち上がり大声で叫んだものだから、空腹による低血糖で目の前が真っ白になる。
(あ……あぁぁ……)
自分の意思がまったく効かないまま、真後ろにゆっくりと倒れていく。
必死に手足を動かして倒れるのを阻止しようとするが、体は言う事を聞いてくれない。
まるで自分の意思と体の接続が切れているかのようだった。
俺は大きな石の上にいる。
このまま倒れたら――ヤバイ!
案の定、後頭部を石に打ち付けた。
そして
俺は死んだ――。
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