File0005 『ドキュメンタリー』
希望の地
カメラを片手に鬱蒼とした森の中を進む。リーナは足を踏み外さないよう、慎重に歩き続ける。木の根に足を引っかけては転びそうになり、空腹で倒れそうになりながらも進み続けた。カメラを抱えての山登りはつらくないと言えば嘘になるだろう。けれど、今まで経験してきたことよりはましだ。それに、このくらいで弱音を吐いていては、映画監督など務まるはずもない。足が棒になりながらも、リーナは必死で歩いていった。
視界が開け、突如文明の跡地が見える。どこからどう見ても公共施設の箱もの。インターネットの画像で何度も確かめたのだ。間違いない。この建物こそリーナが目指していたIA電子資料館だった。
電子資料館とは、電子資料を扱う教育施設である。電子化した資料を収集し、保存し、利活用の手助けをするといった役目の電子記録員たちが毎日電子資料のために働いている。扱う資料は電子化されたものなら何でも、写真、絵、文書、音楽、そして映像までもが対象となる。それも電子クラウドプロジェクト、貴重な資料から芸術作品、果ては街の風景に至るまで何でも電子化して記録を残していくという国家プロジェクトの賜物なのだ。
草をかき分けて建物に近づく。ああ、やっとたどり着いたのだ、と安堵した。目的を果たすことができる最後の希望でもあった。
突然、リーナは膝が動かなくなった。何とかカメラが地について壊れないように持ち上げたが、リーナにはその余力すら残っていなかった。もう3日も何も食べていないしろくに寝ていない。重い瞼が下がってくるのも持ちこたえられず、リーナはその場に崩れ落ちていった。
リーナは女性の声に目を覚ました。若い女性がリーナを覗き込むようにしゃがんでいる。リーナは彼女が自分を起こそうとしていたのに気付いた。
「気付きましたか?」
「あなたは?」
「IA電子資料館の電子記録員、アイビー・ノアです。防犯装置が働いたのでこちらに様子を見に来たら、あなたが倒れておりましたので」
リーナが起き上がろうとすると、アイビーは手を貸してくれた。
「あなたを一時保護しますが、これから連絡して保護を――」
「待って!」
リーナはアイビーの手を振り払い、残された力を振り絞って叫んだ。アイビーはピクリと肩を震わせた。
「私はリーナ。映画監督よ。私はここ、電子資料館に用があるの」
アイビーはリーナの目をとらえる。リーナはカメラを胸元に抱えた。
「ここって電子資料を収集する場所でしょう? なら映画も当然収拾対象になるわよね?
このカメラで、私はとある1本の映画のために何万時間もの映像を撮ってきた。小さな劇場のみだけど、公開も決まっていたわ。でも、まだ編集も終わっていないし、このままだと永遠に公開されないままお蔵入りになってしまうかもしれない。
お願い、少しだけ時間を頂戴」
リーナは膝をつき、頭を下げた。ここで保護という名目で連れていかれたら、IA電子資料館まで来た意味が全くなくなってしまう。リーナはそれまでにどうしてもやるべきことがあった。
アイビーは指を2本立てた。
「条件が2つあります。当然ここにも捜索の手が回ることでしょう。あなたを匿うことができるのはどんなに長くて7日間。今日から6日後の朝までに必ず映画を完成させてください。
映画はもちろん、あなたが撮ってきた映像すべてを提出してください。電子資料データベースは、あなたの映像を必要とするはずです」
アイビーは手を差し伸べた。リーナは顔をあげる。
アイビーの黒い瞳が、リーナのすべてを受け入れるように開かれていた。
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